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アンコール!  120 楽しい宴席



 続いて行われた早目の晩餐会兼披露宴で、ヘレナは遅ればせながら、どんどん幸せ気分になっていった。 もう人目を気にする必要はない。 これからは堂々と愛しい人の傍に寄りそってどこにでも行けるし、子供は皆に可愛がられて、立派な家庭の子弟として大事に育てられるのだ。
 生まれるまで、あと半年足らず。 お腹はまだそれほど目立たないし、ウェディングドレスも少し幅を出しただけで着られた。 わずかにあったつわり症状は既に消え、食欲は十分すぎるほど。 長い苦労の後に、ようやく楽園にたどり着けた。
 ヘレナの体調がいいのがわかっているのか、隣にぴったりくっついて座るハリーが、盛んに果物を勧めた。
「このオレンジはしっとりしていてうまいよ。 それともさくらんぼのほうがいいかな。 温室物で、早く成ったわりには甘い」
 ヘレナはもう遠慮なく彼に寄りかかり、手からつやつやと光るさくらんぼを食べさせてもらった。 そっと噛みながら目をやると、サイラスが流し目をくれて、にやっと笑いかけてきたので、ヘレナも笑みを返した。 そして思った。 サイラスだけに相方がいないのは気の毒だと。
 だが、サイラスが落ち込んでいる様子はなかった。 むしろ活気に満ちた目で、前にいる二組の若夫婦を交互に眺めている。 その視線は慈愛にあふれていると同時に、才気と僅かな皮肉も感じられた。


 ハリーの本宅の料理人も、栗の木屋敷のドーソン夫人に負けず劣らず料理が上手で、しかも結婚披露宴とあって腕によりをかけて作ったため、食卓についた五人は旺盛な食欲を発揮した。
 食後、若夫人たちが慣例にしたがって席を外そうとすると、男たちも立ち上がってついてきた。 特に男性陣だけで煙草をくゆらしたりバーボンに手を伸ばしたりする気分ではなかったらしい。
 そこで再び5人揃って、隣の小客間でくつろぐことになった。 するとサイラスが、意外な話を始めた。
「実は、子供を引き取ることにした」
 一瞬、皆が固まった。 一斉に視線を向けられて、サイラスは苦笑いに顔をゆがめた。
「そんなに驚くことじゃなかろう。 何も養子にしようというんじゃない。 他に行くところがないので、うちに住まわせてやろうということになったんだ」
「あの、お祖父様」
 ヴァレリーが細い声で言った。
「寂しくて養子が欲しいなら、私は大賛成です」
 隣に座ったトマスも大きく頷いている。 大富豪なので、サイラスの遺産には興味がないのだった。
 だがサイラスは首を振った。
「いや、そういうことじゃないんだ。 その子はゴライアスの妹の息子でな、父親は水兵だったが海で死に、残された母子をゴライアスがこれまで援助していた。 しかし母親、つまりゴライアスの妹が元の夫の仲間と再婚することになって」
 ハリーが後を引き取って、話を補った。
「再婚相手が息子を邪魔にしたんですね」
 サイラスの視線が揺れた。
「そうなんだ。 子供は十二歳。 元気で賢い子で、自分から奉公に出ようとしていた。 ゴライアスに相談されて、それならうちに来いと言ってやったんだ。 ジェイミーというんだが、あの子には根性がある。 ちょうどヘレナと出会ったときと同じように、勘が働いた。 事業の後継者になれるかどうかわからんが、わしが元気なうちに、よく仕込むつもりだ」
「ゴライアスさん、喜んだでしょう?」
 そう言ってヘレナがウィンクすると、驚いたことにサイラスも片目をつぶって返した。
「ずっと面倒を見てきて、わが子も同然だからな。 あいつが泣きそうになるのを初めて見たよ。
 わしも十一のときに見習いになって、ゴールドマン氏に認めてもらった。 だから後輩を育てて恩返しだ。 もう遅すぎるぐらいだが、まだ丈夫だし、なんとかなるだろう」
 サイラスに新たな生きがいができたのを、その場にいた全員が心から喜んだ。






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