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118 急ごしらえ
ハムデン子爵ことハリー・ハモンドのロンドン屋敷は、トマスの邸宅ほど大きくはなかったが、新しくて明るい雰囲気だった。
トマスたち、つまりラルストン伯爵夫妻が取るものも取りあえず駆けつけたとき、玄関広間には祭りにつきもののそわそわした空気があふれていて、ハリー自慢の有能な家政婦マーガトロイド夫人が二人の女中に指示しながら花を活けさせていた。
ドアを開けたのは執事のペイトンではなく、従僕のフレッドだった。 二人と顔見知りのハンサムなフレッドは、礼儀正しく頭を下げながらも、楽しげな眼差しをトマスに向けた。
「やあ、フレッド。 相変わらず健康そうだね」
「はい、元気にしております」
「式はもう始まったかい?」
「いいえ、大事なお客様が見えてからとおっしゃって」
ヴァレリーが喜んで笑顔になった。
「やっぱり待っててくれたのね。 手紙じゃぶっきらぼうだったけど」
そこへあたふたと奥からペイトンが出てきた。
「これは伯爵様、奥方様、どうぞこちらへ」
マーガトロイド夫人と女中たちも、微笑んで会釈している。 皆ハリーの急な結婚を喜んでいるようだった。
案内されて二階の広間に入ると、サイラスの渋みのある声がまず聞こえた。
「これは素早い! 短い時間で完璧に着飾って現れるとは、二人とも立派な友達だな」
「哀れなエリオットが卒中を起こしそうでしたよ」
急ぎに急がせた傍仕えを思い出して、トマスは苦笑を浮かべた。
「ヴァレリーの世話をするジョセフィンもね」
「道理で僕達より華やかじゃないか」
暖炉の傍からハリーがやってきた。 本人の言うとおり、上等な仕立てながら地味な黒の上下をまとっている。 ただベストだけが紋織りの銀色で、クラヴァットにはダイヤのピンを挿し、花婿としての輝きを控えめに演出していた。
トマスと握手を交わした後、結婚指輪を渡しているハリーに、ヴァレリーは小声で尋ねた。
「それで、花嫁さんは?」
「隣の部屋にいる。 マーガトロイド夫人が母の結婚衣装一式を大切に保管しておいてくれてね、昨日は裁縫係たちが縫い直しに精を出して、ヘレナにぴったり合わせ、今着付けしているところだ」
「入っていい?」
「もちろん。 ヘレナも喜ぶだろう」
「じゃ、行ってくるわ」
ヴァレリーは夫に囁き、ハリーが指差した扉を少し開いて、そっとすべりこんだ。
大鏡の前に立っていたヘレナは、背後の動きに気づいて、すぐ振り返った。
身に着けているのは、優美なホニトンレースと紗を複雑に重ね合わせたクラシックな衣装で、ヘレナの華麗な美貌によく似合い、まるであつらえたようにさえ見えた。
二人は数秒間、じっと見つめあった。 それからどちらともなく走り出し、部屋の真ん中でしっかりと抱き合った。
ヘレナと共にほれぼれと大鏡を眺めていた細身の女性が、手を揉み合わせて懇願した。
「ああマダム、どうかお泣きにならないでください。 最高の仕上がりですのに濡れてしまいます」
ヴァレリーはあわてて抱擁をゆるめ、袖口に忍ばせていたハンカチを出して、ヘレナの頬に伝わる涙を拭いた。
「本当に美しいわ。 写真師を呼んだ?」
「いいえ」
ヘレナはうるんだ大きな瞳で親友を見つめ、懸命に微笑んだ。
「彼も私も思いつかなかった。 ただ、これからずっと一緒にいられるというだけで有頂天になってしまって」
「ハリーは確かにそうね。 あなたがいなくなった後、取り付かれたようになってしまったのよ。 探して、探して、食事の時間も惜しんだから、痩せたんじゃないかとトマスが言っていたわ」
「私も寂しかった。 でも、もう逃げないわ。 川のほとりの暖かい家に住んで、子沢山のハンフリーズ夫人になりたいの」
ヴァレリーはきょとんとした。
「ハンフリーズ夫人? どういうこと?」
ヘレナの笑みがいたずらっぽくなった。
「式が終ったら説明してあげる。 だから、あなたの式に行けなかったのに身勝手だけど、ささやかな披露宴まで、どうか一緒にいてね」
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