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アンコール!  113 驚愕の再会



 道の向こうを歩いていた男も、ヘレナがごみ入れを落としたとたんに足を止め、射るような眼差しで見返してきた。 どうやら見覚えがあるようだ。
 ヘレナのほうは、覚えているどころではなかった。 不機嫌そうに寄った眉と、肩を怒らせた歩き方、日に焼けた肌、そして顔の半分が歪む原因になっている大きな傷。 変わった点といえば、髭ぐらいだ。 すっかり伸びて顎を覆い、輪郭がよくわからないほどだった。
 彼は前よりむさくるしくなっていた。 それなのに、ヘレナの胸にはポッと小さな灯が点った。 男が歩み去る前に急いでつかまえようとして、勢いよく踏み出したため、ごみ入れに足を引っ掛けたが、かまわず蹴りとばして駆け寄った。
 あまりの勢いに、男は少し身を引いた。 渋面がますますひどくなった。
 彼も私を覚えていると思ったのは間違いだったのか。 ヘレナは不安になって、そっと名前を呼んでみた。
「ハンク? ねえ、ハンクでしょう?」
 彼は答えなかった。 だが、押しのけて去ろうともしない。 ヘレナは彼の眼を覗きこもうとして、正面から当たる眩しい日光にたじろいだ。
「ここだと迷惑? じゃ、こっちに来て」
 そう言いながら、ほつれた袖口を掴んだ。 われながら大胆だったが、相手は別に急いではいなかったらしく、引っ張られるままに黙ってついてきた。


 ヘレナは裏口から彼を入れ、台所で椅子を勧めて、いそいそと戸棚に向かった。
「何か飲む? ジンとエールと、ウィスキーもあるわよ」
 男は椅子に脚を広げて座り、無言のまま首を横に振った。 そこでヘレナは彼の傍に戻ると、椅子を近づけて自分も腰掛けた。
「私を覚えてる? ベルよ。 三年前にアプヴィル近くの入り江からロンドンまで密航させてくれたじゃない?」
 ハンクは石のように座っていた。 見事なほど、何の反応もない。 再会を喜んでいるのは自分だけらしいと、ヘレナは気づいて悲しくなった。
「ありがたいと思ってたのよ。 あなたは体を張って私を庇ってくれたもの。 あんなことをしてくれたのはお父さんしかいなかったし、それも飲んだくれていない時だけだった。 だからね」
 声がふるえそうになって、ヘレナは一度言葉を切った。
「また会いたかったの。 ロンドンの船着場へ探しに行ったこともあった。 でも船乗りの人たちは口が固くて、みんなあなたを知らないって言ってた」
 うつむいて話しているうちに、鼻先から水滴がテーブルに落ちた。 一番驚いたのは、当の本人だった。
 急いで服のポケットからハンカチを出すと、ヘレナは口の中でもぞもぞと言い訳した。
「いやだ、こっちへ来てから泣いたことなんてなかったのに。 弱みを見せたって付け込まれるだけでしょう?」
 言えば言うほど涙が出てくる。 ヘレナは目を真っ赤にして、びしょ濡れになった小さなハンカチを手の中で丸めた。
 その手に、薄青い大きなハンカチが載せられた。
「ありがとう」
 低く呟くと、ヘレナはそのハンカチでまず目を拭き、次に鼻をかもうとしてためらった。 それはきちんと畳んであり、最高級の麻でできていて、闇市場で売っても半月は食べていけるほどの高級品だった。
「ねえハンク。 これ、どこで手に入れたの? 新品だわ。 私に使わせたら値打ちが下がる……」
 そこで突然、喉が干上がった。 ハンカチにしみこんだかすかな香料の匂いが、手元から立ちのぼって、鼻の粘膜に達した。
 それは、ハリーが愛用している石鹸の、なじみ深い上品な香りだった。





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