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アンコール!  109 黒幕の存在



 ヘレナは固まった姿勢のまま、まじまじとトマスを見つめた。
 何とも説明のつかない気持ちで、頭が混乱してきた。
「ヴィンス・ギルフォード……? それって、誰?」
 今度はトマスが目を見張る番だった。
「え? もしかして、聞いたことがないのか? そいつがアレンバーグの黒幕なんだよ。 ヴィンセント・ニコラス・ギルフォード。 君の従兄〔いとこ〕で、今の当主クリスチャン氏の跡継ぎなんだが。 いや、跡継ぎだったというべきだな」
 そこで彼は苦い口調になった。
「自分勝手な放蕩者で、本家の財産を当てにして、借金を山のように残したそうだ。 怒った当主が支払いを拒否したため、債権者たちが寄ってたかって残された家と土地を切り売りしてしまった。 独身だったのがまだしもだよ。 奥方や子供に迷惑をかけずにすんで」
 話の半ばで、少しずつヘレナにも事情がわかりはじめた。 金遣いの荒い後継者ヴィンスは、たぶん父の兄で長男のルークの息子だろう。 父が母と駆け落ちしたとき、ルークは病弱だったという。 だから彼は、家を継ぐ前に死んでしまい、放蕩息子が残されて跡継ぎになった。
「父は三年近く前にイギリスへ戻ってきたわ。 そのとき、お兄さんのルークはまだ生きていたのかしら」
「三年前か…… よし、後で調べてみよう」
「貴族年鑑なら、うちにもあるよ」
 二人の話が聞こえたらしい。 サイラスが不意に口を挟んだ。 そして従僕の一人に耳打ちして、ゴライアスを呼びに行かせた。


 サイラスと話していたヴァレリーは、トマスたちの話題についていけず、きょとんとしていた。
「お父様のお兄さん? ヘレナ、それがあなたの言う、冷たい親戚なの?」
「よくわからなくなったわ」
と、ヘレナは正直に答えた。
「父の故郷に行ったとき、私は宿屋に残されて、本宅には行けなかったの。 たぶんボロい格好をしてたんで、まずお金を貰ってまともな服を買ってから連れて行こうと思ったんでしょう。
 でも、そうはいかなかった。 宿屋に戻ってきた父は泥だらけで、放り出されたってすぐわかったわ。 すごく不機嫌で、おまけにほとんど一文無しのままだったから、その晩酒場で賭けをして、たまたま勝って旅費を稼げなかったら、ロンドンに戻ってこられなかったはずよ」
「まあ、ひどいわねえ」
 優しいヴァレリーは青い顔になった。
「じゃ、あなたは直〔じか〕に親族の人たちを見たわけじゃないのね?」
「そうなの。 誰にも会ってないのよ」
 もうほとんど食べ終わった四人は、晩餐会というより密談という感じで、頭を寄せ合って話していた。
 そこへゴライアスが年鑑を持って入ってきた。 サイラスはすぐ受け取り、大きな食卓の上に置いた。 そしてヘレナにうなずきかけた。
「細かい字なら君にお任せだ」
 さっそくヘレナがページを広げ、トマスが箇所を教えた。
「確かこの辺りだよ」
 ヴァレリーも覗き込んだので、あやうく三人の頭がぶつかりそうになった。
「ウィンドメア侯爵……ああ、ここだわ。 継嗣ルーカス・ジュリアン・アレクサンダー・ギルフォード……一八六二年九月十日死去」
「四年前だ」
 サイラスの重々しい声が響いた。

 





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