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アンコール!  102 密かに応援



 結婚したての新郎新婦が礼拝堂を出ると、ずらりと並んでいた使用人の列から拍手が沸いた。 二人の後ろから、参列客が話を交わしながらついていく。 これから母屋で披露宴が行われるのだ。
 彼らが小さな塊になって遠ざかっていくのを、東屋〔あずまや〕の中から一対の眼が見守っていた。
 それは、茶色の目立たぬマントをまとったヘレナのものだった。 フードを目深にかぶり、精巧な格子窓の隙間から、そっと花嫁を眺めていたのだ。
 新婚の二人は、寒さを寄せ付けないほどぴったりと体を寄せて、何かを囁きあっていた。 ヴァレリーは顔を上げて微笑み、トマスのほうは身を軽くかがめて、新妻の言葉に聞き入っている。 どちらの表情にも陰りはなく、二人の周りだけ春のようだった。
──私が作ったヴェールを使ってくれてる。 本当によく似合うわ──
 嬉しさと安心感とで、ヘレナの頬がほころんだ。 ヴァレリーはまだ、友達と思ってくれているようだ。 出席できなくてごめんなさい、許してね、という囁きが、息となって口をついた。
 ヘレナをこっそり裏口から入れたのは、サイラスだった。 孫の親友に見てもらわなくてどうする、と言って、遠慮するヘレナを励まし、熱くした煉瓦まで用意して冷えないようにして、東屋にかくまってくれた。
 おかげで、最近なんとなく不調なヘレナだが、楽に挙式を待つことができた。
 たぶん風邪をこじらせて長引いているのだろうと、本人は思っていた。 店の準備でいろいろ計画を立てるのに忙しく、疲れがたまっているのも原因の一つだろうと。
 新しく開店するというのは、思ったより大変な仕事だった。 まず店を修理して、陳列しやすいよう内装を整え、その間に売る品物を大量に仕入れたり製作したりしなければならない。 近所の商店主に新規開店の挨拶が欠かせないし、宣伝ビラや新聞広告の手配も要る。
 ここでもサイラスの存在が大きかった。 昨日早くも優良な卸売りを紹介してくれ、腕のいい建築業者の手配もつけてくれた。 恐縮するヘレナに、彼はこともなげに答えた。
「わしはきっちり恩は返す主義でな。 初めて出会ったときに、命を救われたろう? 孫もずいぶん世話になったし」
「出会いの騒ぎは、もう貸し借りなしになってるんじゃない?」
 ヘレナは岩のような表情を崩さないサイラスに、小さくウィンクしてみせた。
「あの後、急にコークレインからグロスター劇団に引き抜かれたとき、おかしいなと思ったのよ。 ドリー・フェイヴァーは実力だけど、私はほんの下っぱだったんだもの」
「またそんな妙な謙遜をして。 わしは何も知らんよ」
 サイラスは取り合わず、無表情なままだった。


 一行と使用人たちが母屋に消えた後、サイラスだけがそっと戻って、ぽつねんと一人座っているヘレナを馬車で逃がすため、迎えに来た。
「寒くなかったか? 少し気温が上がってきたようだが」
「ええ、大丈夫よ」
と、ヘレナは請け合い、サイラスをじっと見つめた。
「幸せそうで、本当によかった。 でもこれから二人が大陸へ新婚旅行に行っている間、サイラスさんはしばらく寂しいわね」
 サイラスの喉が、小さく上下した。 手を背後で組んで数歩歩き回った後、彼はぽつりと言った。
「代わりにせいぜい君の後押しをしてやるよ。 大いに物足りないが」
 ヘレナはプッと吹き出した。





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