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98 何か秘密が
挙式は日曜日の午前がいいとされている。
だが一刻も早くヴァレリーを妻にしたいトマスにとって、曜日は木曜日でも何でも気にならなかった。 少なくとも午前中という決まりは守られたのだから。
やがて九時半には牧師が到着して礼拝堂の控え室に案内された。 それから招待客がさみだれのようにやって来た。 内輪の式で、ごく親しい者にしか知らせていないので、馬車は数台しか止まらなかった。 たぶん近所の豪邸の主たちも、この屋敷で間もなく結婚式が行われようとは、少しも気づかなかったことだろう。
花婿の付き添い役として、ハリー・ハモンドは当然招かれていた。 牧師の次に姿を見せたハリーは、一点の隙もなく正式な服装をしていたが、沈んだ様子で、いつもの活気がなかった。
ハリーは親友のよしみで、案内を請わずにトマスの部屋へ上がっていき、扉に寄りかかって、親友が傍仕えのエリオットの手でマネキンのように晴れ着へ着替えさせられるのを見守った。
「雄鶏以上に立派じゃないか。 そのままでトラファルガー広場の飾りにできるな」
「よう、ハリー」
クラヴァットをエリオットが結んでいる間、首を動かすことができずに、トマスは目だけ横に流して、ハリーを見た。
「疲れた顔をしてるな」
ハリーは視線をそらし、ざらついた声で答えた。
「彼女が見つからないんだ。 心当たりは全部探してみたんだが」
「S・Dに問い合わせたか?」
それはサイラス・ダーモットの頭文字だった。 ハリーはふっと溜息をつき、扉に頭をもたせかけた。
「ああ。 彼が言うには、他に仕事を見つけたんなら、それが終わって戻ってくるまで待つしかないだろうと」
「果たして戻ってくるかな」
うっかりそう口にしてしまって、トマスは気まずい表情になった。
「いや、女優として成功すると欲が出るからさ。 だが確かに望みはあるな。 彼女が有名になったら、どこにいるかわかる」
「そうなっても俺を振り向いてくれるか? れっきとした伯爵のおまえと違って、俺はただの子爵だぞ」
珍しく自嘲するハリーにトマスは驚き、反射的に振り向いて、エリオットの怒りを買った。
「旦那様! 後ちょっとでございましたのに! また結び目が崩れてしまいました」
トマスは鼻を鳴らすと、つかつかと友に近づき、低く言った。
「じゃ、なぜちゃんと正式な仲にして、捕まえておかなかった? 俺たちと一緒に式を挙げることだってできたはずだぞ。 だがおまえは無責任に……」
「そうじゃない」
たまりかねてハリーが遮った。
「何度も申し込もうとしたんだ。 でも、勇気が出せなかった」
「おまえが?」
とても信じられなくて、トマスは興奮して唾を飛ばした。
「いつだって誰よりも冷静で、とことん勇敢だったおまえがか? 俺たちは皆おまえを頼みの綱にしてたんだぞ。 それなのに」
「黙れよ!」
珍しく、ハリーが怒鳴り返した。 あまりの勢いに、トマスは息を呑んだ。
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