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アンコール!  85 無事を祝い



 興奮が少し収まってから、ヴァレリーはヘレナの背後にのんびりと立つハリーを見つけて、急いで詫びた。
「すみません、子爵様。 ヘレナが無事なのが嬉しくて、周りが見えませんでした」
「子爵様? ハリーと呼んでほしいな」
 ヘレナと腕をからませ、客間のほうへ歩き出したヴァレリーは、茶目っ気のある目付きでハリーを振り返り、陽気に尋ねた。
「ハリーって、普通はヘンリーの略ですよね?」
「そのとおり。 で、僕はハロルドなので、普通はハルと呼ばれるはず。 でもハリーなんだ。 仇名だから。
 最初はハリーイング・ハルと言われていたが、長すぎて縮まった」
 ヴァレリーに引っ張られていきながら、ヘレナはハリーという英語の別の意味を考えた。 たしか、連続攻撃するという正式用語だった。


「こっちから行かないで、呼びつけてごめんなさいね。 まだ外が危険なら、ここに隠れてもらおうと思ったの」
 ヘレナは感激した。
「まあ、ありがとう! もう大丈夫よ。 アレンバーグは、私に無理強いできなくなったの。 誰かに殺されてしまったから」
 ヴァレリーは鋭く息を吸い込んだ。
「そうなの? じゃ、他にも彼を嫌う人がいたのね」
「嫌うというより、見せしめだよ。 返せない金を借りまくったからだ」
 三人は明るくて優雅な客間に落ち着き、運ばれた紅茶を入れて飲んだ。
「アレンバーグの手下が、まだ捕まっていないが、手分けして探しているから、きっとすぐ見つかるよ。 それに、奴とちがって凶暴ではないらしいし」
と、ハリーが説明すると、ヴァレリーはますます安心し、輝くような笑顔を見せた。
「じゃ、もう心配ないのね。 よかった。 子爵……じゃない、ハリー、ヘレナを送ってきてくださって、感謝します」
「それで提案なんだが」
 ハリーは軽く身を乗り出して、二人の美女を代わる代わる見つめた。
「怖い思いをして隠れて、不安だっただろう? パッと出かけて買物でもして、気分転換しようよ。 曇り空だが、雨は降っていないし」
 ヴァレリーは手を握り合わせて喜んだが、すぐ気づいて声を落とした。
「素敵! でも私、現金を持っていなくて」
「任せてくれ」
 ハリーが片笑窪を見せて微笑んだ。
「構わないからどんどん買っちゃえばいい。 僕が払って、トマスにドンと付けを回すから」
「それはちょっと……」
 ヴァレリーが困った表情になったので、ハリーはもう一押しした。
「結婚衣裳はもう頼んだ? 靴やヴェールや新婚旅行の服は?」
「仕立て屋さんに来てもらって、仮縫いだけはすませたけど」
「でも素敵なバッグや香水はまだだろう? 疲れたら、暖かいレストランで音楽を聞きながら豪華料理というのも、なかなかいいよ」
「もちろんヘレナも一緒ね?」
 ヴァレリーは大きな眼をハリーに据えて訊いた。 彼女はまだ、ヘレナとハリーの仲を知らない。 彼が自分の買物を支払うところを見たらどう思うか、ヘレナは突然、不安に駆られた。








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