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79 冷酷な親族
ハリーの膝に座って慰められているうち、次第にヘレナの震えは収まった。
奇妙な話だ。 これまでヘレナは、自分が相当危険な目に遭っても、必死に持ちこたえた。 自ら反撃に出たことさえあった。 震えあがったことなど一度もない。
それなのに、ハリーが殺されていたかもしれないと思っただけで、気を失いそうになった。
とまどっているヘレナの耳に、ハリーは思いつくかぎりの優しい言葉を囁きかけた。
「念のため、今夜はずっと傍にいるよ。 君が安心して眠れるよう、同じ部屋で守るから。
あいつはきっと、我々の仲間が捕まえてくれる。 安全になったらグリニッジの町に連れていってあげよう。 この家に閉じこもってばかりで退屈だっただろう? 散歩して、ぱっと買物をすれば気が晴れるよ」
ヘレナは僅かに身じろぎして、ハリーと向き合うように姿勢を変え、彼の胸に頬を埋めた。
どうしてそんなに優しくしてくれるの?──声にならない問いが、胸を駈けめぐった。
ハリーの態度は、いわゆる愛人の抱え主としては普通ではない。 むしろ逆だ。 富豪の男たちはお世辞やサービスを要求し、見返りとして金と宝石を与えるものなのだ。
いろいろ思い悩んでいたとき、ひとつの言葉が、ふと頭に引っかかった。
「我々の仲間って?」
柔らかく抱きしめていたハリーの腕に、一瞬力が入った。 胸から伝わる穏やかな鼓動が、一拍だけ強くなった。
「友人のことさ。 トマスも心配しているんだ。 ヴァレリーが身を隠してね」
ヘレナは愕然として、小さな疑問を忘れてしまった。
「それも私のせい!」
「だから君のせいじゃないって。 すべてアレンバーグの責任だ」
そこでハリーは、自分のほうの疑問を思い切ってぶつけてみることにした。
「あいつは君に惚れている。 それは確かだが、結婚まで迫った理由は、愛情だけではないはずだ。 ひどく金に困っていたから、君を利用して窮地を逃れようとしたんだろう」
「私を?」
ヘレナは彼の胸から身を起こし、信じられない様子で首を振った。
「私は逆立ちしたって、余分なお金は一ペニーも落ちてこないわよ」
「だが、あいつはそう思っていなかった」
ハリーは考えこんだ。
「何か理由があるはずだ。 奴は噂を聞きつけるのがうまい。 インチキ賭博と脅迫で食っている男だから」
まさか…… ヘレナは不快な気持ちが喉をせり上がるのを感じた。
すべてを話すわけにはいかないが、ある程度はこの人に知ってもらったほうがいいだろう。 腹をくくって、ヘレナは低い声で話し出した。
「実をいうと、父の実家はわりと金持ちなの。 父は、幼なじみだった母との仲を反対されて、駆落ちしたのよ。 それで勘当されて、実家とは縁切りになったわ」
できるだけ冷静に語ろうとしたが、その実家の仕打ちを考えると、腹が煮えくりかえった。
「もしジョナスがそのことを嗅ぎつけたとしても、何の得にもならない。 実家にとって、父はとっくに切り捨てた人間なの。 死んだことだって知らないはずだし、知ってもホッとするだけでしょう」
気がつくと、ハリーの力強い手が、静かに髪を撫でていた。
「確かに、もしかしたら君を花嫁にして、その実家から金を引き出そうとしているのかもしれないね」
「できっこないわ」
ヘレナは目を閉じて、吐きすてるように呟いた。
「図々しく訪ねていったら、中に入れてくれるどころか、すぐ放り出されるに決まってる」
ハリーの顔が鋭く引き締まった。
「お父さんの一族は、君にもそんなことをしたのか?」
「いいえ」
ヘレナは顎を誇り高く上げた。
「あんな親戚、こっちがお断りだわ。 わざわざ訪ねていってやるもんですか!」
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