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アンコール!  76 男同士の話



 暗いまっすぐな通路を抜けて、両開きの扉を開くと、そこは大きな倉庫になっていた。 左右には整然と荷物が積み重ねられて、いつか運び出される日を待っている。 武器が入っているらしい長方形の木箱も、相当数あった。
 荷物には見向きもせず、トマスは真中の空間を通って、突き当たりのドアを開けた。 そこからは住宅内で、ガス燈を備えた廊下が前に伸びていた。
 倉庫ドアが開くと、どこかで警報が鳴る仕掛けになっているらしく、すぐに近くの部屋から拳銃を構えた男が出てきた。
 トマスは平気な顔で、その男に挨拶した。
「やあ、ゴライアス」
 サイラスの雑用係ゴライアスは、肩の力を抜いて拳銃を収めると、渋い笑顔になった。
「少佐殿でしたか」
「彼はいるか?」
「はい、ご在宅です」
「よかった。 大事な話があると伝えてくれ」
「わかりました」


 ゴライアスがトマスを、例の殺風景な事務室に案内して去った後、サイラスは二分と待たせずに姿を見せた。 そして、トマスに頷いて挨拶した後、きっちりとドアを締め切って、掛け金をかけた。
「あんたが来た用件は、だいたいわかる」
 デスクに腰かけていたトマスは、棚に目をやって訊いた。
「ブランディをやっていいか?」
「どうぞ。 わしにもグラスをくれ」
 二人は琥珀色の酒をそそいだグラスを手に、立ったまま向かい合った。
 トマスが静かに切り出した。
「ヴァレリーから話を聞いた。 彼女のお祖父さんだって?」
「そうなんだ」
 酒を口にしてから、サイラスはまだたっぷりある白髪を撫で上げ、複雑な笑いを浮かべた。 その表情を見て、トマスはびっくりしてあやうく酒をこぼすところだった。
「貴方の笑顔を見る日が来るとはな」
「驚いたかね」
「よかったと思っているよ」
 二人の視線が合った。 サイラスは目をしばたたくと、小さくうなずいた。
「孫には幸せになってほしい。 あんたにもだ」
「血のつながりを公表するのか?」
「考えているところだ。 あんたやあの子を醜聞に巻き込みたくないし」
「噂など、僕はかまわない」
 トマスは急いで言った。 サイラスの気持ちがわかるだけに、堂々と我が家を訪問して、孫娘と、やがて生まれてくるだろう曾孫〔ひまご〕に会ってもらいたかった。
「婚礼にも、子供の洗礼式にも来てほしい」
 サイラスのかすかな笑いが、哄笑〔こうしょう〕になった。
「洗礼式か! 楽しみだな」
「僕もだ」
 それから、あわてて付け加えた。
「と言っても結婚前だ。 手を握るぐらいのことしかしていないから、心配しないでくれ」
「固いんだな、相変わらず」
「性格は変えられない」
 サイラスは真顔に戻ると、手を差し出して握手を求めた。
「孫をよろしく頼む」
 骨ばった大きな手を、トマスはぎゅっと握り返した。
「ありがとう。 大切にするよ」
 そこでサイラスは一転、事務的になった。
「では結婚契約に移ろう。 あの子の親族はわしだけだから、後見人として書類を作らんと」








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