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71 二組の恋人
翌日の朝、サイラスから知らせを受けたトマスが、九時にはもう駆けつけてきた。
朝市から取り寄せた温室薔薇の花束を握りしめて、扉が開くのを足踏みしながら待っていたトマスは、応対に出たウォレスを押しのけるようにして中に入り、ヴァレリーを探した。
婚約者の声を聞きつけて、ヴァレリーは急いで階段を下りてきた。 日頃の習慣で六時には目が覚め、とっくに身支度を終えていたので、あわてなかった。
「トマス?」
顔を上げたトマスは、二段抜かしで階段を駆け上がり、踊り場でヴァレリーと向き合った。
花束を渡すと、彼は息を切らせながら言った。
「悪党におびやかされているんだって?」
「おびやかされているのはヘレナなの。 ただ、その男が私も脅すんじゃないかと心配してくれて」
「ダーモット氏は、よほどヘレナがかわいいんだな。 友達の君にまで気を遣ってくれるとは」
そう言って、トマスは粋な内装の屋敷を見回した。
「ここの費用は僕が出す。 何も心配いらないからね」
「いいえ……」
ヴァレリーは口ごもった。
「あの、大事な話があるの。 今、お時間取れる?」
けげんそうに、トマスはヴァレリーの大きな眼を探った。
「もちろんだ」
「じゃ、こちらへ」
二人は肩を並べて、二階の婦人用応接室へ上がっていった。
その日、郊外は眩しいほどの晴れだった。
気温もぐんぐん上がり、正午には一五度を上回るという、真冬とは思えない高さになった。
ヘレナは十時前に起き出して、ジーン心づくしの豊富な朝食に舌鼓〔したつづみ〕を打った。 なにしろ卵料理だけで三種類もあるのだ。 プレーンオムレツと野菜入り炒め、それに半熟卵だ。
生ハムとベーコンも分厚くておいしい。 さらに、この辺りでは珍しい魚料理まであった。
まるで正餐なみのご馳走だわ、と思いながら、楽しく味わっていると、くつろいだジャケットにゆったりしたズボン姿のハリーが姿を見せた。
「おはよう。 よく眠れた?」
「ええ、ぐっすりと」
昨夜、ハリーはヘレナの寝室に現われず、ゆっくり寝かせてくれたのだった。
彼は気さくな笑顔を浮かべて、脇テーブルから好きな料理を取り、ヘレナの横に腰を下ろして食べ始めた。
「これはこれは。 ジーンはずいぶん張り切ったみたいだな。 僕だけじゃなく君にもたくさん食べさせたいんだろう」
「どれもおいしくて、目移りするわ」
ヘレナは笑って答えた。
ハリーは食事の合間に明るい窓辺に目をやって、何事か考えていたが、やがて陽気に提案した。
「今日は暇なんだ。 こんなに天気がいいのは久しぶりだし。 だからどうかな。 二人でピクニックに行かないか?」
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