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69 祖父と孫と
その頃ヴァレリーは、ブルームズベリー区にあるしゃれた屋敷に入っていた。
「ここは抵当流れで、わしが買い取ったんだ。 三ケ月前まで人が住んでいたから、家具調度品は揃っておる。 さっき出迎えたのは、住み込みの留守番夫婦だ。 家事全般、たいていのことはできるから、身の回りの心配はしなくていい」
ヴァレリーは感心しきりで、美しい内装と最新流行の家具を眺めていた。
「超一流の貸家ね。 普段なら私なんて、中に足を踏み込むこともできないでしょう」
「おまえは伯爵の婚約者だぞ。 この家でもまだ粗末なくらいだ」
祖父らしい話し方をしようとして、サイラスはずいぶん苦戦していた。
留守番役のウォレス夫妻が料理と配膳を引き受けて、九時には夕食の支度が整った。
スカラップ縁のテーブルクロスが優雅に垂れる大きな食卓で、初めてお互いに認め合った祖父と孫娘は、一緒に食事を取った。
「トマスに……ラルストン伯爵に貴方とのことがわかったら、きっと驚くでしょうね」
「ああ、ぎょっとなるにちがいない」
なぜか面白そうに、サイラスは含み笑いをした。
「だが何といっても、一番驚いたのは、このわしだ。 もともと兄弟はいないし、親戚もみな死んだ。 天涯孤独だと、ずっと思い込んでいたんだ」
ヴァレリーは、すまなそうに目を伏せた。
「やっぱり母は、貴方に会いに来るべきだったんだわ。 そうすれば誤解が解けたのに」
「お母さんは、どんな人だった?」
サイラスに低く尋ねられて、ヴァレリーは遠くを見る目になった。
「すらりとしていたわ。 並みより背が高かった。 眼と髪は栗色で、町では美人と言われていた」
それから、そっと付け加えた。
「お祖母ちゃんが絵に描いた貴方と、よく似ていたの」
サイラスの唇が、小さく引きつった。
「マリアンは、娘を可愛がったかい?」
「ええ」
ヴァレリーはとたんに元気付いた。
「目に入れても痛くないという感じだったわ。 私が小さいころ、お祖母ちゃんがお母さんを揺り椅子に抱き寄せて膝に乗っけて、揺すっていたことがあったの。 お母さんは笑って、もう子供じゃないんだから、と言ってたけど、逃げようとはしなかった。
揺れるリズムに合わせて、二人で歌を歌っていたわ。 本当に仲良しで、楽しそうだった」
話しながら、目がうるんだ。
「私も娘を持って、あんなふうにしたい。 もちろん男の子も欲しいけど。 お母さんが同じ通りの幼なじみと結婚したとき、お祖母ちゃんはとても喜んだんですって。 遠くへ離れていかなくて、ほっとしたんでしょう」
「お母さんとお父さんは、うまく行ってたんだな?」
「ええ、喧嘩はめったにしなかった。 お母さんが事故で死んだ後、お父さんはあまり笑わなくなったわ。 再婚もしなかったし」
「仲が良かったんだ」
「私も、両親のような夫婦になれたらと思っているの」
そう言ってから、ヴァレリーは顔を赤らめた。
フォークを置くと、サイラスは思い切って訊いた。
「お母さんの名前は?」
ほんのわずか間を空けて、ヴァレリーは答えた。
「ロバータよ。 でもみんなロビンと呼んでいたわ。 男の子みたいでしょう?」
とたんにサイラスの顔が強ばり、色を失った。
「……わしの二番目の名前は、ロバートだ」
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