表紙目次文頭前頁次頁
表紙

アンコール!  67 いい隠れ家



 ジーンは二人の外套を受け取り、まず居間に通した。 部屋はくつろいだ雰囲気で、大きく燃えさかる暖炉が白いしっくいの壁をオレンジ色に染めていた。
 ヘレナを座らせてから、ハリーは奥にある棚に近づいて、瓶を二本取り出した。
「ワインを飲むかい? それともシェリー?」
「シェリーを少し」
 グラスに注いで渡した後、ハリーはポケットに手を入れ、小さなものを出してきて言った。
「そうだ、これを嵌めるのを忘れていた」
 それからヘレナの左手を取って、薬指に差し込んだ。 驚いたヘレナが確かめると、それは精巧な模様を刻んだ金色の指輪だった。
 ヘレナが言葉を発する前に、ハリーはさりげなく付け加えた。
「ハンフリーズ夫人だからね。 結婚指輪をしていないと」
 変装用なのか。
 それにしても見事な指輪だった。 この素朴な館の主なら、もっとありふれたものでもかまわないだろうに。
「上等そうに見えるわ」
 ためらいながら言うと、ハリーは笑顔になった。
「行きつけの店で勧められたんだ。 大きさが合わなかったら直してもらうよ」
「いいえ、大丈夫」
 ほんの少し緩かった。 でも関節を通すときぴったりだったので、抜け落ちる心配はない。 むしろ食い込まなくて、このほうが楽だった。


 五分も待たずに、ドアが開いた。 さっき馬車から馬を外していた若者の一人が顔を覗かせ、気持ちのいい声で告げた。
「お部屋の用意ができました。 荷物も運んでおきました」
「ありがとう」
 暖炉にもたれてワインを口にしていたハリーは、すぐ身を起こした。
 ヘレナも立ち上がって、彼に寄り添った。 知らない場所だから、彼が頼りだ。
 揃って二階へ上がっていくと、部屋の一つが開いていて、中から傍仕えのコーディーがひょいと顔を出した。
「あ、旦那様、お着替えを揃えました」
「青いのにしてくれたか?」
「はい、もちろんで」
 二人は気が合っている。 ヘレナが自分の部屋はどこだろうと通路を歩き出そうとすると、ハリーがすぐついてきて、隣の部屋のドアノブを回した。
「ここだよ、奥さん」
 そこは、夫婦の続き部屋になっていた。


 エイミーも、ちゃんと先に入って、備え付けの衣装箪笥を開き、持ってきた衣類をしまっている最中だった。
 本邸にあったドレスの数々から、ヘレナは取りあえず七着を選んで持ってきていた。 きちんとした紺色、普段着に使えそうな銀ねず色の地味な服と、昼間の外出着二着、それに晩餐用のドレス二着だ。
 服に合った帽子やショール、手袋、靴にコートなども一緒に入れてきたので、荷物はけっこう多くなった。 エイミーは慣れた手つきで、わかりやすいように整理していく。 それを眺めるヘレナは、手伝いたいのを我慢していた。
 手際のいい片付けが済むと、今度は服選びだった。 ワインカラーの大きく肩が開いた豪華な服と、ヘレナの眼の色に合った翡翠〔ひすい〕色の優雅なドレス。 直さないで着られる服の中で、もっとも上品な二着から、ヘレナは後者を選んだ。








表紙 目次 前頁 次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送