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61 心配な人々
ヘレナが前の晩に書いて、午前中に出した手紙は、サイラスの陰気な豪邸へ正午前に届いた。
配達した従僕のフレッドは、ヘレナの奇妙な指示を忠実に果たした。 屋敷に入って通常どおりドアを叩くのではなく、門の隙間からできるだけ家の奥に放ったのだ。
幸い、天気は朝から薄曇で雨は降らず、地面は乾いていた。
それでもさすがにちょっと心配で、フレッドは一、二分ほど、さりげなく少しはなれた木に寄りかかって、煙草を巻くふりをしていた。
すると、やがて裏手のほうから一人の男が出てきて、玄関前の石畳にぽつんと落ちた手紙を、苦労して拾い上げた。
なぜ大変だったかというと、その男は片足が義足だったためだ。 だが、げじげじ眉毛をひそめながらも、その中年男は文句一つ言わず、不自由なほうの足を伸ばして片膝を曲げ、上手に拾ってから、また裏手に姿を消した。
「サイラス・ダーモットって、すげえ金持ちだろ? なんであの程度の召使しか雇ってねぇのかな」
フレッドは、役目がうまくいったことにホッとしながらも、首をかしげてロンドン訛りで呟きつつ、素早く帰路に着いた。
下働き兼見張りのゴライアスから手紙を受け取ると、サイラスは厳しい表情で封を切った。
『親愛なるサイラス・ダーモット様
ブラックモア男爵の三男で、悪党のジョナス・アレンバーグが、いきなり結婚を迫ってきました。
何かのもうけ話をたくらんでいるにちがいありません。 断ると誘拐されそうなので、一時姿を消します。 約束の時間に行けなくなってすみません。
忠実なヘレナ・コールより』
「なんだと?」
珍しく主人が感情を露わに唸ったので、ゴライアスは驚いて目を上げた。
サイラスは勢いよく立ち上がり、殺風景な事務室の中を二度、三度と歩き回った。
それから、黙って傍に控えているゴライアスを振り向き、抑えた声で命じた。
「夜に出かける。 黒服とマント、それに例の小道具を用意しておくように」
「わかりました」
ゴライアスも低く答え、義足の小さな音を響かせながら、事務室を出て行った。
こうして夜の九時過ぎ、ヴァレリーは下宿屋で、意外な客に驚かされることとなった。
洗濯板のように真っ直ぐな背中をした下宿の女主人が、珍しく急いで階段を上がってきて、二階の部屋をノックした。
「コックスさん? 私よ。 開けて」
帰ってすぐ、着替えるより先にテーブルにあったヘレナの置手紙を読んだヴァレリーは、愕然として椅子の背に掴まっていた。
ジョナスというねちねちしたドラ息子が、何かというとヘレナにちょっかいをかけてくるのは知っていた。 だがまさか、結婚を無理強いするほど厚かましく危険な男だったとは。
心配でいても立ってもいられなくなり、こういう時に頼れる唯一の人、つまり婚約者のトマスのところへ飛んでいこうと考えた矢先だった。
上の空でドアを開くと、皺の寄ったプラムのような顔をした女主人のフィリップス夫人が、早口でまくしたてた。
「ちょっと、誰が来たと思う? サイラス・ダーモットよ!」
「えっ?」
既に困りはてているヴァレリーの顔に、更なる衝撃が走った。
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