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51 上等な部屋
ともかく、こんな真夜中では引っ越すには遅すぎる。
ヴァレリーの荷物はほんの少ししかないので、もう二階の部屋に移したということだった。
「だから今夜はここに寝て、明日に下へ行きましょう。 勝手に決めて悪かったけど」
「そんなことはないわ。 階段が一つになったら天国よ」
ヘレナは微笑を返しながら、うつらうつらしかけ、慌てたヴァレリーに手を取ってもらって、ベッドに転がり込むなり眠りに落ちた。
翌日、目覚めてから五分ぐらい、ヘレナは昨夜のヴァレリーとの会話を思い出さなかった。
ただサイラスの意外な告白が頭に残っていて、ヴァレリーに話すべきかどうか考えていた。 それで上の空で昼食の準備をしようとして、テーブルにご馳走が載っているのに気づいた。
「コールドミートとアップルパイ、それに野菜のシチュー?」
すごい! いつもの薄いパンとチーズとジャムの質素な食事とは大違いだ。
そこでヘレナはようやく、今日から上等な部屋に引っ越すことを思い出した。
これは二階の下宿人用の朝食メニューにちがいない。 ヴァレリーがヘレナの分を運んできてくれたのだ。
ヘレナは苦笑いしながらコンロでシチューを温め、ゆっくりと味わった。
皿の下には、新しい部屋のものらしい鍵が隠してあった。 おいしい食べ物をおなか一杯食べて元気が出たヘレナは、鼻歌を口ずさみながら狭い部屋を動き回って、持ち物をまとめた。
四階の屋根裏部屋から比べると、二階の居室は御殿みたいなものだった。
まず広い。 前の部屋の五倍はあるだろう。
その上、家具の質が全然違った。 ここは使用人部屋ではなく、前の持ち主家族が使っていたから、マホガニーやチークの立派な家具が備え付けになっていて、なんと寝室が二間、別についていた。
「三部屋で一つながり。 これじゃ家賃三倍じゃすまないわね。 たぶん二階でも一番いい部屋だわ」
貴族の財力は、さすがにすごい。 こんな部屋を簡単に借りてしまうんだから。
ヘレナは圧倒される気分で、趣味のいい居間を見渡した。
それから、持ってきた荷物を入れるため、自分の寝室を探すことにした。 右側の部屋にはヴァレリーの靴が置いてあったので、彼女はそっちを選んだらしい。 だから左側のドアを開けた。
そこもきれいな部屋だった。 ヴァレリーのと同じで、なんと天蓋つきのベッドがある。 マットがふかふかなので、喜んだヘレナはポンと飛び上がり、何度も寝返りを打って、心地よい感触を楽しんだ。
仕事場に出かけるヘレナの足は軽かった。 今日はサイラスとのアルバイトはないし、きのう給料を貰ったおかげで、少し懐が暖かい。
おごってもらう男が見つからなければ、思いきって自前でおいしい物を買って帰ろう。
そう決めると、ヘレナは意気揚々と劇場の裏手に回り、楽屋口から楽しそうに入っていった。
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