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アンコール!  48 奇妙な反応



 ヘレナはまばたきして、沈黙を守った。
 するとサイラスは、珍しいことに声を立てて笑い出した。
「まったく口が固い人だな、君は。 感心するよ」
「日頃おしゃべりな女という人種なのに?」
 ヘレナが軽く皮肉を言うと、サイラスは笑顔を残したまま首を振った。
「いやいや、男でも口の軽いのはいくらでもいる。 それに女というのは、都合の悪いときは貝のように口を閉じて何も言わんものだぞ。 あのしぶとさは脱帽だ」
 ヘレナは眉を上げた。 サイラスは独身を通しているそうだが、女にはけっこう経験豊富な感じだった。
「ともかく、貴族の結婚は話題になるから、間もなく真実はわかる。 無理にしゃべらせようとは思わんさ」
 ヘレナはうなずき、席を立った。
「じゃ、私はそろそろ」
「帰るなら、拳銃の点検をしなさい」
 これはいつも言われることだ。 ヘレナは素直に手提げの中を覗き、小型拳銃が二丁入っているのを確かめた。
「ちゃんとあるわ」
「よし。 それでは気を付けて」
「おやすみなさい、サイラスさん」
 ヘレナがコートをまとってフードを被ろうとしたとき、不意にサイラスが呟いた。 まだヴァレリーの結婚について考えていたらしい。
「それにしても、孤児を妻にするとは大胆だな」
 不意にヘレナの血が熱くなった。 私こそ孤児だ。 母はパリで死に、父も失意と酒の飲みすぎで命を落とした。 だからといって、孤児はそんなに小さくて価値のない人間だろうか。
「一人ぼっちなのはヴァレリーのせいじゃないわ。 それに、彼女にはちゃんとした親戚がいるのよ。 その人たちを頼ってロンドンに出てきたの。 でも区画整理で家をつぶされて、親戚の人たちは外国に行ってしまっていたの」
 サイラスは無表情のままだった。
「運がないな。 だが、そういうのはままあることだ。 その子だけの話じゃない」
「確かにね」
 相槌が、どうしても冷たい声になった。 ヘレナがさっさとドアを開けて出ていきそうになるのを見て、サイラスは気になったらしく、反射的に声をかけた。
「どこの区画整理だ? わしの知っているのはセント・グレイディだが」
 ヘレナは足を止めた。 サイラスがロンドンの不動産に詳しいのを、これまで忘れていた。
「ええ、その場所よ」
 サイラスの目が動き、手が無意識に顎を撫でた。
「で、その子の親戚は、何という名前だ?」
「マーチンデイル。 伯母さんの名は、リスベス・マーチンデイルよ」


 その名を聞いたとたん、サイラスの顔から血の気が引いた。







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