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34 調査の結果
ヘレナは賢い娘だから、興味にまかせてサイラスから話の続きを聞き出そうとはしなかった。 でも内心、知りたいとは思った。
サイラスは、過去の経験を語ったにちがいない。 だとすると、彼の近くにいた若い女性が、男に騙されて身を持ちくずしたということになる。
いったい誰だろう。 姉妹か、それとも恋人か。
考えているうちに、いつの間にかこっくりこっくりしていたらしい。 不意に耳元で呼ばれた。
「ヘレナ!」
うわっ!
椅子から飛び上がりかけたときに、まだ少しカップに残っていたトディが跳ね上がって、スカートの裾を濡らした。
「ここで居眠りするんじゃない。 早く帰りなさい」
「はい」
おとなしく立ち上がったヘレナに、サイラスはきちんと数えた金を渡した。 まだ週末ではないが、土曜日から仕事を始めたので、自然に木曜に給料をもらうようになっていた。
「土曜日の昼はよく休むように。 手紙を読みまちがえられちゃ困るからな」
「もう出かけない。 今日だけよ」
そう言って、ヘレナはサイラスに微笑みかけた。
「私は本当に大丈夫。 恋なんかしたことがないし、これからもしないわ」
「わかるものか」
サイラスは真面目くさって言った。
翌日、ヘレナたちの下宿に花束が届いた。 差出人はもちろんトマスとハリーで、ヘレナに宛てたハリーの花には、
『楽しい午後でした。 あなたの僕〔しもべ〕ハリーより』
というカードが添えられているだけだったが、トマスがヴァレリーに贈ったピンクの薔薇には手紙が差し込まれていた。
ベッドに腰掛け、頬を紅潮させて封を切ったヴァレリーは、中を読んで肩を落とした。
「まあ……」
「どうしたの?」
まずヴァレリーの薔薇をひとつだけある花瓶に入れ、いい香りのするオレンジ色の薔薇を活ける壷を探していたヘレナは、ヴァレリーの悲痛な声に振り向いた。
「がっかりする知らせだわ。 調べてくださったのはありがたいけど」
ああ、立ち退いた親戚たちのその後がわかったんだ。
ヘレナは自分の花をひとまず水につけて、ヴァレリーのところに引き返して横に座った。
「やっぱり行方知れず?」
「行方はわかったの。 一家でアメリカに移住したんですって」
アメリカ! 大西洋の向こうに行ってしまったとは。
ヴァレリーには、これでイギリスに身寄りがいなくなった。 ヘレナは慰めようがなく、そっと肩に腕を回して抱きよせた。
妹のように寄りかかったまま、ヴァレリーは一筋涙を流した。
「しかたがないわね。 仕事があって本当によかったわ。 まだあなたに迷惑をかけることになるけど」
「迷惑だなんて」
ヘレナはヴァレリーを揺すって、きっぱりと答えた。
「助け合いましょう。 これからも二人で」
ヘレナの出ている芝居は相変わらず好評で、ロングランになっていた。
ハリーは三日に一度は劇場に現われた。 そしてヘレナに花やハンカチやボンボンを贈り、二回に一回は明るく誘惑した。
「ねえ、まだ気は変わらない? 僕のところへおいでよ。 一流の仕立て屋に行って、君だけのためにあつらえた世界でただ一着の素敵なドレスを作ってもらいたいと思わないかい?」
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