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31 新しい発想
食べ終わった後、四人は帰路についた。
行きと同じく、馬車で下宿まで送ってくれた青年たちは、それぞれヘレナとヴァレリーに手を貸して、降りるのを手伝った。
「ありがとう。 今日は楽しかったわ」
ヘレナが二人に礼を言うと、トマスはうなずき、ハリーは笑顔を返してきた。
「僕達もだ。 また出かけようよ、寒くならないうちにピクニックにでも」
「行きたいけれど、なかなか時間が取れなくて」
そう答えたのは、意外にもヘレナではなくヴァレリーだった。
心もとない微笑で拒否をやわらげながら、ヴァレリーは慎重に言葉を継いだ。
「今日は一年分楽しんだ気がします。 明日からは、また仕事に励んで、休みの日には親戚を探し続けるつもり」
それを聞いて、トマスが驚いたように眉を上げた。
「まだ探してるの? たしか区画整理で、どこかへ引っ越したんじゃなかったかい?」
彼が覚えていてくれたので、ヴァレリーは何となく嬉しそうだった。
「ええ。 いつまでもヘレナの親切に甘えて、一緒にいるわけにもいかないし。 家賃の三分の一しか、まだ払えないので」
「いいのよ、それでも助けになってるんだから。 あなたなら、ずっといてほしいわ。 前にも同居人がいたけど、比べ物にならないほど、あなたはきちんとした良い人だもの」
「ありがとう」
ヴァレリーは感謝して、ヘレナの腕を抱き寄せた。
するとトマスが、思いもかけない提案を始めた。
「それなら僕に考えがある。 専門家を雇って探させよう」
ヴァレリーの手がヘレナから外れ、音を立ててスカートの脇に落ちた。
「え? どうして伯爵が?」
トマスは歯がゆそうに言い返した。
「伯爵なんて呼ばない約束だろう? トマスだよ、ただのトマス。
理由は、友達だからさ。 君が身内と会いたい気持ちはよくわかる。 だから探してあげたいんだ」
ヴァレリーは真面目な顔に変わって、きっぱり首を横に振った。
「いいえ。 ご好意は嬉しいけど、自分でやります。 それに、たとえ見つけて会いに行ったとしても、歓迎されるとはかぎらないし」
ヘレナは目をそらした。 実は彼女も、それが一番心配だったのだ。
私にもこの国に親戚がいる。 でも初めから、会いに行こうと思ったことさえない。 歓迎されるどころか、門前払いを食わされるにきまっているのだから。
ヴァレリーの返事を聞いたトマスは、残念そうに首を振った。
「それが心配なら、なぜ探す? いっそ諦めたほうがいいんじゃないかな」
「トマス」
ハリーが警告するように声を出した。
「他人の生活に口を出すなよ。 若いお嬢さんが親戚の後押しを欲しいと思うのは、当たり前じゃないか」
トマスは思わず仏頂面になった。
「だから僕が手伝おうかと……」
「別の手があるよ」
ハリーの目が躍った。
「役所に行けば、移転した人たちの名簿ぐらいはあるんじゃないか?」
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