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28 強烈な一撃
気球が発進した広場まで行くのに、ハリーは近道を知っていた。 林の中を血管のように分かれて続く小道をうまく通れば、ほとんど最短距離でたどり着けるらしい。
彼の後を残りの三人、いやウェイヴァリーまで加わって四人が、二人ずつ並んでついていった。
一刻も早く見に行きたいヴァレリーが、ヘレナと小走りに進み、その後からトマスが大股で歩くのを、ウェイヴァリーが追いかけた。
ヴァレリーの足が速いので、ヘレナは遅れがちになり、組んでいた腕が外れた。 そのせいでヘレナは後ろの二人と接近し、ウェイヴァリーがトマスに話しかけている小声が聞こえるようになった。
「やったな。 二人ともすごい上玉じゃないか。 いったいどこで見つけたんだ?」
答えは無かった。 だがウェイヴァリーはお構いなしに言い続けた。
「飽きたらぜひ譲ってくれよ。 頼むぜ」
次の瞬間、ドサッという音がした。
ヘレナは反射的に振り向いた。 すると、ウェイヴァリーが見事に引っくり返って、道の脇に生えた下草の上で大の字になっていた。
悪態をつくかと思ったが、びくとも動かない。 パンチ一発で完全にのされてしまったらしい。
トマスは瞬きもせず、ウェイヴァリーの脚をまたいでヘレナの傍に来た。 そして、ヘレナが彼を見上げて笑いかけると、少しだけ口元をほころばせた。
ほんのわずかな変化だった。 でもそれは確かに、仲間意識の表れに見えた。
道が一段と狭くなったので、それをいいことにヘレナはトマスの腕に手をすべりこませ、体を寄せて囁いた。
「見事にやったわね。 でも後で面倒なことにならない?」
トマスのかすかな笑いが本物になった。
「心配いらないよ。 あいつは弱虫だし、酔いがさめたら何も覚えていないさ」
「そんなに酔ってたの?」
ヘレナは驚いた。
「普通に見えたけど」
「ウェイヴァリーは年中酔ってるんだ。 しらふだとネズミみたいに臆病だから、飲まずに外を歩けない」
ヘレナは吹き出した。
やがて開けた場所に出た。 太陽がさんさんと降りそそぎ、沢山の人々が晴れ着や日傘で着飾って、一斉に空を見上げていた。
いい具合に風があって、三つの気球は南東の方角へゆっくりと流れていた。 下に吊るされた籠から、乗り組んだ男たちが手を振っている。 中にはシルクハットを被った若者たちの姿もあって、勝ったら栓を抜くために持っていったシャンペンの瓶を振りかざしていた。
ヘレナはトマスの腕を離し、ボンネットのつばに手をかけて一心に赤と青の派手な縞模様の気球を目で追っているヴァレリーのほうへ走っていった。
トマスはゆっくりとハリーに近づき、鋭い目で迎えられた。
「遅かったな。 ウェイヴァリーは?」
「林のどこかで伸びてる」
「愚かな男だ」
「まったく」
「あいつ、ヘレナに目をつけてただろう?」
トマスはちらりと友を見ると、静かに言った。
「手に入れば、どっちでもよかったらしいぞ」
「問題外だ」
珍しく不機嫌になって、ハリーは吐き捨てた。
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