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アンコール!  26 純粋な喜び




 そのとき、小さな人形舞台の前が、わっと沸いた。 白馬の騎士が中央に飛び出してきて、姫の危機を救うために悪魔の首を見事切り落としたのだ。
 首はポンと飛んで、上に消えた。 子供達は興奮してキーキー声を上げ、大人たちはうまい仕掛けに感心して手を叩いた。
 木の後ろからその様子を覗いて、ハリーがトマスをせきたてた。
「そろそろ終わりだぞ。 もうここへ来た理由は何でもいいから、今日はみんなで楽しもう」
「そうだな。 楽しみ方がわかればな」
「まったく。 ただ遊べばいいんだよ。 簡単だろう?」
 ハリーは声を立てて笑い、親友の腕を掴んで木陰から引っ張り出した。


 それからは、いっそう面白くなった。
 トマスの硬さが取れ、積極的に案内するようになったからかもしれない。
 娘たちは花を飾ったブランコに乗り、手風琴の調べに誘われてダンスをした。 仕事柄、ヘレナは何でも踊れる。 ハリーも踊りは得意で、二人は羽が生えたように白い東屋〔あずまや〕のフロアを巡った。
 トマスも社交界の紳士として、ダンスはできた。 しかし、彼が遠慮がちにヴァレリーを誘ったとき、ハリーは目をむいて驚いた。
「おい、おまえ踊るのか? いったい何年ぶりだ?」
「よせよ」
 トマスは歯ぎしりした。
「いちいちおれのことを気にするな」
「いや、いいことだと思ってさ。 ねえ、ヴァレリーさん?」
 ヴァレリーは困った様子だったが、トマスに取られた手を離そうとはしなかった。
 簡単なジグや小規模なカントリーダンスをした後、手風琴はワルツを奏ではじめた。
 とたんにヴァレリーは足を止めた。
「私、踊れないんです」
「見かけより簡単ですよ」
 ヘレナとすべるように踊り、立ち止まった二人の横を通り過ぎながら、ハリーが励ました。
「トマスが教えてくれます。 そうだよな?」
「僕もうまくはないが、やってみましょう」
 そう答えたトマスの表情は、園に来たときよりずっと和らいでいた。


 初めは彼らだけだった東屋に、その時分には若者たちが何人かやってきていた。 彼らは庶民のようで、ワルツと聞いて尻込みした者もいたが、中にはハリーとヘレナの見事な足さばきをじっと観察して、やり方を覚えたカップルもあり、やがて東屋の中は、ちょっとした小パーティーのように盛り上がった。
  足をもつれさせ、軽くぶつかりあったりして笑い声や野次が響く中、ヴァレリーは肩の力が抜けた。 周りがどんどん失敗しているのだから、ステップが少しぐらいたどたどしくても、ぜんぜん目立たない。
 この踊りは楽しかった。 すぐトマスとリズムが合うようになると、彼にリードを任せて足が動き、体が軽く浮き上がった。
 ちらっと相手を見ると、トマスも楽しげな顔をしていた。 ダンスが嫌いな人には見えない。
 ヴァレリーはいっそうリラックスした。 もうトマスが無口なのが気にならなくなった。 今日はこの人たちに誘われて、本当によかったと思った。









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