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表紙

アンコール!  24 娯楽の園に




 おじけづかないヘレナはなかなか筋がよく、ころんとした陶器の的を二つ落とした。 一等の抱き人形には程遠いが、それでも棒についたりんご飴を二本もらえた。
 次にハリーは、周囲を見渡していたトマスを引っ張ってきた。
「さあ撃て。 まだ腕がにぶってないところを見せてみろよ」
 トマスは射的屋の銃を構えて覗いてみて、顔をしかめた。
「バランスが崩れてるぞ」
 ハリーは気に留めず、にやにやした。
「そこも計算に入れて。 さあ頑張れ、おじさん」
「六ヶ月しか年が違わないのに、よく言うよ」
 ぶつぶつ言いながらトマスは狙いを定め、ゆっくりと慎重に撃っていった。 表情を変えず、まるでリベット打ちのように一定の間を置いて引き金を引く。 本人と同じで、正確だけど面白味のない遊び方ね、と思ってヘレナが見ていると、トマスは最後まできっちりと的を落として、拍手している射的屋に銃を返した。
「おめでとうございます! はい、一等賞のグエンドリン」
「グエンドリン?」
「このかわいらしい人形でさぁ」
 まじめくさったトマスの腕に、ピンクの派手なボンネットを被った大きな縫いぐるみ人形が渡された。
 その瞬間の唖然とした表情がおかしくて、ヘレナは思わずくすりと笑いをもらした。
 その横で、ハリーが遠慮なく声を上げて笑った。
「よく似合うぜ、トマス。 子供が生まれたときの練習になるな」
 とたんに、トマスの顔が煉瓦色になった。 怒ったのか恥ずかしかったのか、表情からはよくわからない。 ともかく彼は、ピンクの災難から逃れようと、素早くその人形をヴァレリーに手渡した。
「どうぞ」
「まあ…… かわいい」
 こちらもびっくりして、間のびした声になった。 ヘレナはもう笑いを抑えきれず、ヴァレリーに寄りかかって腹を抱えた。
「笑いすぎだ」
 トマスはまだ笑顔のハリーを睨んだが、本当に止めさせたいのはヘレナだというのは明らかだった。


 ともかく、この遊びでだいぶ緊張がほぐれた。
 ヘレナはヴァレリーと腕を組んで、リンゴ飴を一つずつ分けて食べながら歩いた。 彼女たちを背の高い貴族二人が守るように挟み、立ち並ぶ露店を見物しながら進む。 途中にあった怪しげな装飾品店で、ハリーが足を止め、金色のペンダントをヘレナに買った。
「君の髪の色にそっくりだ」
 トマスは対抗心を燃やしたのか、同じ屋台から緑に輝くロケットを見つけ出した。 金色のペンダントの倍近くする品物だった。
「これを今日の記念に」
 渡されたヴァレリーは、赤くなってぎこちなく答えた。
「もう人形をいただいたし……」
「それは景品、こっちはわざわざ買ってくれたものじゃない? お二人ともありがとう」
 ヘレナは内心はらはらしながら口を入れた。 ヴァレリーはきちんと育てられたらしく、やたらに物を貰ってはいけないという道徳心が身についている。 だが一、二ポンドのアクセサリーなんて、金持ち青年たちから見ればごく小さな出費にすぎなかった。わざわざ買ってくれたということに意味があるのだ。 好意を突っ返してはいけない。
 幸い、ヘレナの言葉で気づいたヴァレリーも微笑んで贈り物を受け取り、なかなかいい品だったのでその場で身につけた。
 彼女の背後に回って留め金をかけたトマスの指が、どことなくぎこちなく、時間がかかった。







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