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アンコール!  22 出かける日




 伯爵の力は本当だった。 ヘレナが昼に劇場へ行くと、こっちから頼みもしないのに支配人が出てきて、ウィンクしながら告げた。
「明日休みたいって件、承知したよ。 楽しんできな」


 それで、他にやりたいこともないので、ヘレナはすっかりいい友達になったヴァレリーについていくことにした。
 ヴォクソールには、前に行ったことがある。 まだ十七歳で、人生に多少の夢を持っていた頃だった。 でもそこで、危ない目に遭いそうになったため、いい思い出のある場所とはいえなくなった。
 だからといって、ヴァレリーのささやかな楽しみを奪う気はない。 デビューする娘の付き添いみたいな気分で、ヘレナは三枚しかないドレスを出してくると、ヴァレリーに似合いそうな服を考えた。
 ヴァレリーはずっと着たきり雀で、通勤用の服以外は普段着を一枚持っているだけだ。 幸い、二人の体型は似ている。 サイズ直しをしなくても、そのまま着られそうだった。


 翌日の朝、早起きしたヴァレリーは興奮を隠し切れなかった。
 いそいそと朝食の支度をしながら、笑顔をふりまくヴァレリーを、ヘレナは妹を見るような目で眺めた。
 貴族の若者に誘われてのデート。 世間知らずの娘から見れば、おとぎ話のような出来事だろう。
 だが、いいことには必ず裏がある。 ヘレナは青年二人の狙いがわかるだけに、あまり期待しないほうがいいよ、と心の中で呟いていた。


 食後、ヘレナは衣装箪笥のがたつく扉を開き、三着の余所行き〔よそいき〕を出してきて、ベッドの上に広げた。
「どれが好き? 貸してあげるわ」
 ヴァレリーは目を丸くして、フリルやレースで巧みに飾られたドレスを見つめた。
「これ、大事なお出かけ用でしょう? あなただって滅多〔めった〕に着ないじゃない? もし汚しちゃったら悪いわ」
「大丈夫」
 そう保証して、ヘレナは水色のドレスのスカートを裏返してみせた。
「みんな古着なの。 こうやって縫い直して、安売りで買ったレースやテープで飾ってるわけ。 大き目の服を買ってあちこちカットすると、生地が残るから、たとえシミがついても、そこを切って付け足せばいいだけなの」
「器用ねぇ。 じゃ、ありがたく」
 ヴァレリーは感心して、つやつやした服をそっと手で撫でてから、茶色とクリーム色の細い縞になったドレスを持ち上げて、体に当ててみた。
「これが好きなんだけど、私に似合うかしら」
「どれを着てもよく似合うわ。 でもそれは地味なほうよ」
「地味でいいの。 落ち着いてみせたいのよ」
「そうね、上品に振舞えば、あの人たちもなれなれしくできないかも」
 ヴァレリーははにかんで頷いた。 ちゃんと冷静に考えてるじゃない、と、ヘレナは感心した。


 娘たちの準備が整った午後一時過ぎ、下宿屋の前に大型の四輪馬車が停まった。
 窓から様子を見ていたヘレナが、落ち着かずに手袋を脱いだりはめたりしていたヴァレリーを呼んだ。
「見て! あの人たちが来たわ。 どっちもなかなか格好いいわよ」







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