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表紙

アンコール!  16 お互いに得




 ヘレナはきょとんとした。
 サイラスが、また手紙を書いてくれるって?
 いくら紙代とインク代しかかからないといっても、親切すぎるじゃないか。
 これは裏に何かある。 ヘレナはしっかり警戒した。
「わざわざ推薦状を書いてくれるっていうの? まだ逢ったこともない娘に?
 ちょっと、サイラスさん、どんな計画をお持ちなのかしら?」
「皮肉を言わんでもいい」
 サイラスは唸った。
「それだけわしがお前さんを信用してるってことじゃないか。 ありがたく思いなさい」
「感謝してるわよ」
 ヘレナは心から答えた。
「こうやって時間を割いて、話をしてくれるってことにもね。 でも、親切すぎるとちょっと不安だわ」
「それはだな」
 サイラスは再び咳払いし、カウンターの後ろで左右に歩き回った後、ようやく本題を切り出した。
「わしの方にもお前さんに提案したいことがあるからだ」
 ほう。
 ヘレナは驚いてまばたきした。
 サイラスはカウンターに手を置き、少し体を乗り出して、声に力を篭めた。
「お前さんは字が読める」
「ええ、確かに」
 ヘレナが皮肉っぽく応じると、サイラスはしかめっ面を作った。
「あれだけすらすらと読めるなら、下っぱ女優だけしているのはもったいない。 週に二回、いや三回、この時間に来て、わしの書類作りの手伝いをしなさい」


 たまげた。
 ヘレナは開いた口がふさがらなくなった。
 ここは質屋だ。 しかも、天下のケチであるサイラス・ダーモットの質屋なのだ。 書類はほどんど金がらみだろうに、まだ二十歳にもならない小娘に、中身を読ませてしまうつもりなのか。
 カウンターに両手をついて、ヘレナはしげしげとサイラスを覗きこんだ。
「私は読めるだけよ。 専門的なことは何も知らないのよ」
「細かい字が読めて、わからない単語は綴りが言えればいいんだ」
 サイラスは平気で切り返した。
「小ざかしい男の秘書などより、よほど安心だ。 奴らは使い込みをし、持ち逃げし、わしの金庫がどこか探ろうとするに決まっておる」
「私はしないって信じてるの? 好奇心は人並みにあるわよ」
 ヘレナは鼻で笑った。 するとサイラスは、したたかな笑みを浮かべた。
「いや、使い込みと持ち逃げはしないな。 そんなことをすれば、この国で二度と舞台には立てなくなるぞ」
「じゃ、金庫探しは?」
「するかもしれんな」
 サイラスは認めた。
「女の好奇心は猫より強いというから。 だが見つからんよ。 前も言ったように。 まして、週にたった三時間ではな」
 三時間……。 ヘレナは気持ちが動いた。
 さっきサイラスは、細かい字を読んでほしいと言った。 きっと老眼鏡や虫めがねを使っても、ぎっしりと字の詰まった書類が読みにくくなってきたのだろう。
「そうね、それが家計の足しになるなら」
「一回につき二シリング」
 サイラスはきっぱりと金額を決めた。 つまり一ポンドの十分の一ということだ。
「週に六シリング? ひどいわサイラスさん、一ヶ月通って一ポンドちょっとにしかならないなんて」
「一回たったの一時間だからな」
 サイラスは譲らない。 ヘレナは口をとがらせたが、あることを思いついて表情を緩めた。
「じゃ、一時間半働いて三シリングにして。 そして、あと半時間残って、複式簿記を教えて」








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