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11 家のない娘
主にヘレナとハリーのおかげで、座は楽しいものになった。 ヴァレリーがもうあまり痛がっていないのも、雰囲気をよくするのに役立った。
ヘレナの仕事がわかったので、次に青年たちはヴァレリーについて知りたがり、無作法でない程度に聞き出そうとした。
「それでお嬢さんは、なぜ夜中に道を歩いていたんです?」
ハリーが陽気に尋ねると、ヴァレリーは目を伏せて少し無言だったが、やがてためらいがちに話し出した。
「私、父の葬式を出したばかりで、こちらへは血の繋がった家族を探しに来たんです」
ハリーは同情をこめて頷き、トマスのほうは眉をひそめた。
「それはお気の毒に。 では、手当がすんだらそのお宅にお送りしましょう」
そうトマスが言うと、ヴァレリーはますます当惑して、体を小さくした。
「それが、どこかはっきりしなくて……」
残りの三人は、思わず顔を見合わせた。 この子は、自分がどんな危険を冒しているか、わかっているのだろうか。
みんなを代弁して、ヘレナがヴァレリーに訊いた。
「ロンドンは広いし、すごく危ない場所もあるのよ。 若い女性が一人で、それも夜中に歩き回ったりしたら、最悪殺されるかもしれない。 どうして誰も付き添ってくれなかったの?」
「まあまあ」
と、ハリーがさりげなく割って入った。
「住所がわかれば、僕達がちゃんと送っていってあげますよ」
するとヴァレリーは口に手を当て、泣きそうになった。
「実は、夕方に行ったんです。 でも」
「でも?」
トマスがせっかちに尋ねた。
「家はなくなってました」
「なくなって? どういうことかな」
ハリーがいぶかしがった。 ヴァレリーの澄んだ眼に、涙がきらめいた。
「建物のあった区画が全部取り壊されて、新しくなっていたんです。 番地も代わって、前に住んでいた人たちは、みんな散り散りになったそうです」
重い空気が、広い部屋を覆った。
ヘレナは、両親を相次いで失ったときの悲しみと心細さを、一挙に思い出した。 それで、反射的にヴァレリーの手を握って、慰めようとした。
「大変だったわね。 他に行くあては?」
言葉が出なくなり、ヴァレリーは涙目のまま、首を横に振った。
ヘレナはとっさに決心した。
「じゃ、私の部屋においでなさいな。 どこか行く先が見つかるまで。 狭いけど、寝るところはちゃんとあるから」
驚いたヴァレリーが顔を上げたところへ、執事が現われて医者の訪れを告げた。
ファンショー医師は、銀髪が美しい年配の紳士で、きびきびしていた。
彼はヴァレリーの胸と、巻き添えになったヘレナの手を診察した後、愁眉を開いた。
「お二人ともうまくよけたし、かけた物もそれほど濃い溶液ではなかったようですね。 たぶん嫌がらせでしょう。 どちらもお美しいから」
「どのくらいで良くなりますか?」
トマスが心配そうに訊いた。 医師は安心させようと二人の娘にうなずいてみせてから、トマスのほうに向き直った。
「痛みは明日には治まるはずです。 おそらく十日もすれば赤みが消えるし、傷跡も残りません。 ただし、かきむしったりはしないでください」
包帯を巻くと、かえって化膿しやすいということで、ファンショーは消毒しただけで立ち上がった。
「それではお大事に」
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