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表紙

アンコール!  5 運が開けて




 封をした手紙をしっかり受け取った後、ヘレナは足取り軽く、サイラスのがらんとした豪邸を後にした。
 手提げには、もう弾を撃ち尽くした小型ビストルと共に、もう一つの拳銃がしまわれていた。 それは、夜の治安を心配したサイラスが、手持ちのを貸してくれたものだった。
「わしの護身用では一番小さいやつだ。 絶対に返すんだぞ。 油紙に包んで門から放り込んでおきなさい」
「はい、ありがとう」
 ケチはケチだけど、けっこう親切なんだ──助けてあげてよかった、と、ヘレナはすっきりした気持ちで、下宿へ急いだ。


 翌日、黙って支配人の机に置いておいたサイラスの手紙は、午後にはさっそく効果を発揮した。
 舞台稽古で周りの目もかまわずダイナとイチャイチャしていた演出家のハーディーが、途中で支配人室に呼びつけられ、やがて廊下まで怒鳴り声が響き渡ったあげく、用心棒に襟首つかまれて裏口から放り出される姿が目撃された。
 俳優たちは、おおむね喜んでいた。
「まあ、こうなる運命だったよな」
「えこひいきだけじゃなく、リベートも取ってたんだろう? そういう噂聞いたぜ」
「給料だけであんなに派手に遊べるわけないもんね。 支配人が今まで気づかなかったのが不思議よ」
 ダイナは、ぷっとふくれて扇子を使っていた。 たぶん他所の劇団へ移ることになるだろうが、ハーディーと運命を共にする気はないようだった。


 三日後、新しい芝居が開幕した。 主演に選ばれたのは、ヘレナの予想通りドリー・ヘイヴァー。 演出も、威張るばかりのハーディーから、秘めた才能を噂されていた助手ピケンズに代わって面白くなったため、客の入りはどんどん増えた。
 ヘレナはドリーの役ではなく、もっとセリフの多い小間使いに抜擢された。 三日で役を覚えるのは大変だったが、ヘレナは張り切ってやり遂げた。


 こうして忙しくも楽しい半月が過ぎ、大好評につき一ヶ月の興行延長が決まった日の夜、ヘレナはわざわざ回り道して、サイラス・ダーモットの屋敷前を通った。
 そして、感謝の手紙で小石を包むと、門の隙間から放りこんだ。 すぐに、地面の上に落ちるボソッという音が聞こえた。
 半月前にも、拳銃をこうやって投げ込んだので、慣れたものだった。


 ヘレナが通り過ぎてから数分後、屋敷の中から人が出てきて、土の上に白く光る包みを拾い上げ、中へ運んでいった。









 夏は駆け足で去っていき、秋の社交シーズンがやってきた。
 この実り多い季節に、ヘレナとドリーにも運が訪れた。 大好評の『ディックと天使』がようやく打ち上げになった後、二人にグロースター劇団という一流どころから勧誘が来たのだ。
 こんな機会を断る手はない。 支配人の引きとめを振り切って、ドリーは劇団入りを決めた。 ヘレナはそれほど引き止められなかったのて、もちろんドリーと行動を共にした。







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