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4 手当の代償
「傷は浅いから、縫わなくてもうまくくっつくと思うわ」
ヘレナが言うと、サイラスは渋い表情になり、ぶっきらぼうに顎をしゃくった。
「もう手当てはいい。 さっさと借りを返したい。 どんな手紙を書かせたいんだ?」
とたんにヘレナは目を輝かせた。
「あのね、おじいさんはこの辺の土地建物をたっぷり持ってるわよね。 確か、私の出てるコークレイン劇場もおじいさんのものでしょう?」
サイラスは更にしかめっ面になると、ヘレナをじろりと睨んだ。
「確かにそうだが、おじいさんと言うのはやめろ。 ダーモットさんと呼べ」
「ダーモットって、言いにくい。 そうだ、ダーミーにする」
「もっとやめろ! ダミー(とんまという意味もある)のようじゃないか。 それならサイラスのほうが、まだましだ」
ヘレナは驚いた。
「あら、なれなれしく名前で呼んでもいいの?」
「最初からなれなれしかったくせに、何をいまさら」
と、サイラス・ダーモットは唸った。
内心ちょっと嬉しくなりながら、ヘレナは本題に戻った。
「それでね、おじ……じゃなくてサイラスさん、そこの劇場支配人のチャーリー・モンクに、ちょいと一筆書いてほしいの。 演出家のビル・ハーディーが舞台装置の費用をチョロまかしてるだけじゃなく、愛人で大根のダイナ・ウォーレンを主役につけようとしてるから、止めさせろって」
「ほう」
サイラスは目を細め、したり顔になった。
「そのダイナとやらを追い払って、自分が主役になりたいんだな」
「ちがう」
ヘレナはあっけらかんと否定した。
「主役はドリー・ヘイヴァーのものよ。 でもまあ、ダイナが降りれば、私は今のドリーの役を貰えるかもね。 確実じゃないけど」
「あんたはバカか、それともお人よしなのか?」
サイラスの口調が厳しくなった。 でもヘレナは平気で笑い飛ばした。
「どっちでもないわ。 先の先を考えてるだけ。 私は下手じゃないわよ。 でもまだ主役が張れるほど上手でもない。 だからとりあえず、今度の芝居の客入りをよくしたいの。 売上げが上がれば、ギャラに割増がつくじゃない?」
「そんなんじゃ先は長いな」
「いいの。 世渡りはうまいんだから。 さあ書いて。 私が頼まれたことにして届ける」
「つまり、送料は一セントも要らないんだな? 紙とインク代はかかるが」
サイラスは念を押し、しぶしぶ引出しから便箋を取り出した。
ヘレナが覗き込んでいるのもかまわず、サイラスは微妙に震える筆跡ながら、すらすらと文面を書き上げた。 背中越しに文を小声で読んでいたヘレナは、いかにも高圧的な文章に感心した。
「へぼ演出家がひいきで主役を決め、私腹を肥やし、舞台の収入を減らすなど我慢できぬ。 ただちに勝手なまねを止めさせ、客が喜ぶ配役で芝居をヒットさせるよう望む。 さもなければ、延滞している賃貸料をただちに払うよう、裁判所に依頼するが、それでもよいのか……
かっこいい書き方ねぇ。 『ヴェニスの商人』のシャイロックも真っ青だわ」
サイラスの白髪頭が大きく揺れて、勢いよく振り返った。
「この文を、すらすら読めるのか?」
ヘレナは指を鳴らして、ウィンクした。
「読めるわよ〜。 女優は台本を早読みできてなんぼよ」
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