表紙

ダーネベルイの小さな店 11


 冷ややかな藍色の眼でヨハネスを見ると、その男は横柄な態度で進んできて、座っているインゲの後ろに立った。 まるで保護者のような態度だった。
「ここが君の預けられた、ちっぽけな店なのかい? 苦労したんだろうな。 暗いし、汚いし」
 古ぼけた棚や傷のついた作業台を見回す毎に、若い男の眼に軽蔑の色が濃くなった。
「みすぼらしい。 その一言だ」
 インゲは答えず、すっと席を立った。
「マックス、話があるの。 ちょっと来て」
「いいよ。 こんな狭いところにいると、息が詰まる」
 ヨハネスは、表面平静な顔で立っていた。 金持ちや貴族の子弟に低く見られるのは慣れている。 内心は煮えくりかえっていても、表情に出さない訓練はできていた。
 インゲを先に立てて出ていこうとしたマックス青年は、途中で思い出したように踵を返して、ヨハネスの前に戻ってきた。 そして、内緒話をする態度で傷口を広げていった。
「知ってるかい? インゲはここに捨てられたんだぜ。 連れてきたのは隣りの家の主人で、厄介払いに、昔の雇い人に押しつけたんだ。 養育費がたったの六百クローネ! 笑っちゃうよ」
「それで?」
 ヨハネスが短く問うと、マックスは眼を細めた。 とたんに、整った顔が狐のように油断なく見えた。
「それでも金を貰ったのに、ここの親父はインゲをこき使ったんだよな。 うちへ来たとき、手が荒れてあかぎれだらけだった」
「それで!」
 ヨハネスの声に波が立ち始めた。 マックスも気付いて、一歩下がった。
「おっと。 八つ当たりするなよ。 本当のことだろう?
 ともかく、もうあの子には近づくな。 これからは僕が面倒を見る。 わかったな」
「マックス!」
 インゲの鋭い声が飛んだ。
「何してるの? 早く来て!」
「今行くよ」
 去り際に、マックスは念を押した。
「彼女が何を言っても構うんじゃないぞ。 育ちも身分も違うんだからな」


 二人は遠くへは行かなかった。 店の軒先で、深刻な顔をして話し合っている姿が、窓越しに見えた。
 二度深く息を吸って呼吸を整えると、ヨハネスは再び作業台の前に座った。 胸がむかむかしていたが、できるだけ考えないようにした。 関係ないんだ。 もう彼女とは縁が切れてるんだ。
 五分以上口論した後、マックスはいまいましげに手袋を窓枠に叩きつけ、一人で歩み去っていった。 残ったインゲは、顔を怒ったように引き締めて、早足で店の中に戻ってきた。
 ヨハネスは蝋を引いた糸を針に通して、靴の横革と底との縫い合わせにかかっていた。 一分ほど傍に立って、その様子を見守っていたインゲは、やがて遠慮がちに話しかけてきた。
「マックスの言うことは気にしないで。 甘やかされたお坊ちゃんなのよ」
「そう」
 靴の上下を引っくり返して糸の引き加減を確かめながら、ヨハネスはそっけなく答えた。




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