表紙

ダーネベルイの小さな店 10


 静かに入ってきた者の手が、ドアの端に引っかかり、カタッという小さな音を立てた。
 ヨハネスは振り向いた。 客は普通、祭りの前に靴を新調する。 こんな日に来るのは珍しいと、ちょっと不思議に思いながら。

 入口を少し入ったところに、女性が立っていた。 ポプラの木のようにまっすぐで、ここらでは見たこともないほど洒落た短めのコートをまとい、白に近い金髪を丸くまとめた頭には、長い羽根のついたビロードの帽子を載せていた。
 座っていた丸椅子から、ヨハネスは自動的に立ち上がった。 足も腕も強ばり、顔は驚きのあまり、何の表情も浮かばなくなっていた。
 それは、インゲだった。 前から目立つ子ではあったが、ここまで魅力的になるとは、ヨハネスには想像もできなかった。
 見違えるように優雅な姿で現れたインゲは、これだけは昔と変わらない、はっきりした声で名前を呼んだ。
「ヨハネス。 そうよね? あなた、ヨハネスでしょう?」

 握りしめたままだった木槌を、ヨハネスはぎこちなく台に置いた。 そして、喉にこもった声で答えた。
「そうだけど…… もしかして、インゲ?」
 薄く紅を差した口元が、柔らかく崩れた。
「もしかしなくても、そうよ。 ヨハネス、大きくなったわねえ!」
「君こそ」
 突然の別れから七年の月日が過ぎていた。 お互いの記憶には、子供のときの顔しかない。 面影は残っているものの、いきなり若い娘の姿を取って現れると、ヨハネスにはただ眩しいばかりだった。

 彼の口から名前が出たことで、インゲは緊張が解けたらしく、さっさとそばへ来て、レースの手袋をはめた手を差し出した。
「久しぶり。 わあ、そばで見るとこんなに背が高いのね」
 逆に、インゲは小さく見えた。 女性としては普通の身長なのだが、インゲボルク以上にきゃしゃでたおやかに見え、思わず肘を持って支えてやりたくなった。
 そっと、壊れそうな手を取ると、ヨハネスは横にある客用の椅子に連れていった。
「ここに座って」
 インゲは注意深く、ゆったりした革椅子を観察した。
「新しくしたのね。 繁盛してるんだ」
「まあ、そこそこ」
 ぽんと座ったところは、以前のインゲそのままだった。 明るくて、ちょっとお転婆で、気が強くて……
 そばに立ったヨハネスを見上げると、インゲは白い歯を見せて微笑んだ。
「お父さんから私の話、聞いた?」
 お父さん、という言い方に、ヨハネスの胸が懐かしくうずいた。
「うん。 急に親戚の人が引き取りに来たんだって?」
「そうなの」
 座ったまま、インゲは両手を握り合わせた。
「本当のこと言うとね……」
 続きを言おうと口をあけたとき、不意に邪魔が入った。
 ドアが勢いよく開き、風が吹きこんできた。 立派な服装の若い男性が、胸を張って入口から入ってくるところだった。




表紙 目次文頭前頁次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送