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-エピローグ-
ようやく恋しい人を腕に取り戻したリオネルは、求愛のことばを口にする間もクロエを離さず、耳元に頬ずりしながら囁きかけた。
「今度こそわたしの妻になってくれるね?」
「ええ、喜んで」
クロエがはにかんで答えると、胴に巻かれた腕にいっそうの力が篭もった。
「嵐の翌日、君がサンパトリックと婚約したと聞いたとき、頭が割れそうになった」
「望みを失ったの。 ドラクロワ邸でのあなたの冷たい眼差しで。 だから、求めるのを諦めて、求められる人のところに行こうと思ったの」
「すまなかった」
男の顔が深く首筋に埋まり、声が揺れた。
適度な頃合いを置いて、戸口から衣擦れの音と共にブランソー夫人が入ってきた。 ほっとした気持ちと満足感と入り混じった表情をして。
夫人は前の晩、すでにクロエと仲直りしていた。 余計な振る舞いをしたのを口に出して詫びはしなかったが、前から後悔はしていたらしく、クロエが遂にリオネルの手紙を読んだのを知って喜んだ。
「一番悪いのは、あの方よ。 身分を隠してあなたに近づくなんて、遊びとしか思えないでしょう? だからあなたのために言いに行ったの。 ちゃんとした扱いをしてくださいと」
「今度私を故郷から呼び出したのも、そのためですね? そろそろほとぼりが冷めた頃だし、あの方がまだ独身を通しているから、もう一度橋渡しをしようとなさったんでしょう?」
伯母は目をしばたたかせて、無邪気な表情を作った。
「それだけじゃないわ。 お父様がぜひ、あなたを立派な方に嫁がせたいと願っていらっしゃったからよ。 でももちろん、名門侯爵がお相手なら最高の縁だと思ったけどね」
そこで伯母は、声を潜めて尋ねた。
「初めは駄目かと心配したわ。 あなたとてもツンツンしてたもの。
ねえ、どうして気が変わったの?」
クロエの顔が蕾のようにほころび、やがて大輪に花開いた。
「それはね、伯母様、あの人が賭けに負けたからです」
二人が初めてキスを交わした教会で、盛大な式が催された。
どちらの家族も大満足。 婚前契約のごたごたもなしという、平穏な結婚だった。
そして幾年も、蜜月は続いた。 結婚二年目に健康な男子に恵まれ、次の年には元気な女子が続き、カステルシャルムの奥方として、クロエの地位は磐石になった。
しかし、フランス貴族社会の栄華は、底をつきかけていた。 カステルシャルム侯爵夫妻が四人の子供と幸せな暮らしを謳歌〔おうか〕している間、新しい王と王妃は醜聞にさらされ、みるみる人気を落としていった。
生粋のフランス育ちとは異なり、リオネルは北欧に長く住み、欧州を広く旅したこともあった。 だから地鳴りのように広がる国民の不満はただごとではなく、武力で押さえつければいい段階を越えつつあるのに気付いた。
そこでリオネルは、密かに準備を始めた。 何より大切な妻と家族を守るため、まだ交易が自由なうちに、動かせる財産を国外へ移した。
そして、ルデルの義父デグリュー侯爵に手紙を書き、たまには外国旅行もどうですか、と誘った。
一ヵ月後、両家は短期旅行の名目で馬車を仕立て、国境を越えてドイツのザールラントに入った。
それから一行はスウェーデンに向かい、やがて勃発した革命が収まるまで、そこに留まった。
後になって、他の多くの貴族たち同様に、両家もフランスに戻った。 そして荒れた土地を修復し、新たな生活を始めた。
革命前のような華やかさは望めないにしても、シャトーでワインを作り、地元の議員として静かに暮らす生活は、リオネルに合っていた。
そして、ひなびた故郷で伸び伸びと育ったクロエにも。
二人は二度とパリに住まず、緑豊かな領地で幸せに暮らした。
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