表紙

 -50- 賭博の結果




 続いて聞こえた声で、クロエはいっそう集中して耳をそば立てた。
「早く終わらせたいんでね。 もう賭け事は飽きたよ」
「じゃ、なぜ戻ってきたんだ? さっき一度出ていったのに。 広間で踊りに加われよ、 ご婦人達に引っ張りだこなんだから」
「いや」
 聞き覚えのあるリオネルの声は以前より重く、だるそうな響きがあった。
「ダンスはカードよりもっと嫌いだ」
 何人かの笑い声が後に続いた。
「そうだろうな。 踊っているところをほとんど見たことがない」
 別の男がじれたように口をはさんだ。
「早くやろう。 賭け金は二十でいいな?」
 男が言い終わると同時に、すぐ前で衣擦れの音がして、クロエは我に返った。
「こちらにいらしたんですか。 ここのご主人ドラクロワ男爵の強いお勧めで、新種のシャンパンをお持ちしました。 柔らかくて悪酔いしないそうですよ」
「まあ、ありがとうございます」
 ポルニック伯から美しく輝くグラスを受け取ってすぐ、隣の部屋から歓声が沸きあがった。 あまりに大きかったため、踊りの伴奏と話し声でにぎやかだった舞踏室でも半数ほどが振り向いたぐらいだった。
 鉢植えの傍でも、クロエだけでなくポルニックまで驚いて顔を上げた。
「いったい何の騒ぎでしょう?」
 すると、賭け室の中から派手に喜び叫ぶ声が聞こえてきた。
「やった! カステルシャルムに勝ったぞ!」
「奇跡だな。 この二年間、ここという大勝負には負けたことがなかったのに!」
「乾杯! 遂にカードの神様を打ち負かしたレオポールに!」
 その合間を縫って、カステルシャルムの穏やかな声が聞こえた。
「つきが落ちたんだよ。 いつかは起きることだ」
「それにしても、負けっぷりがいいなあ」
 賭け相手が感心した。 おそらく何の未練もなく、ポンと金貨を渡したのだろう。
「何なら取り戻すチャンスを提供するよ。 再戦するかい?」
「いや」
 カステルシャルムはあっさり断った。
「今日はもう止める。 じゃあな、レオポール」


 その後、クロエは二人の男性と一曲ずつ踊り、レオニーや従姉妹たちと少し話し込んで、二日後にパリ市内の買い物へ行こうと約束した。
 やがてそろそろ帰ろうかと思い、伯母の座っていた席に行って眠りをさまそうとした。 ところがブランソー夫人は、そこにはいなかった。
 急いで室内を見回したが、いつもいる同年輩の友達と共にいる様子はなく、どこにも見当たらない。 クロエは不安になった。
 廊下に出て従僕に尋ねたり、夫人の友人に訊いたりしたあげく、クロエは風の吹くバルコニーに出て、夜の庭を上から眺めた。
 灯りがあちこちに散りばめられ、手入れのいい庭園を照らし出していた。 大木がないので、人のまぎれる暗がりはない。 数人の客がぽつぽつ散策していたが、明らかに伯母ではなかった。
 いったい、どこへ行ってしまったんだろう。
 心配はますます大きくなった。 もう一度舞踏室を探してみようと決め、手すりから踵を返したクロエは、バルコニーから舞踏室に通じるガラス戸の前に、白く輝く姿が立っているのに気付き、足が動かなくなった。












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