表紙

 -48- 光を失って




 クロエは棒立ちになった。
 どこかでめぐり合うと覚悟を決めてきた。 それなのに、現実に彼が現われた瞬間、まず心臓がぎゅっと縮み、次いで肋骨を打ちつけるほど激しく鼓動しはじめた。


 初め、リオネルはクロエのほうを見なかった。 若い娘たちがわらわらと集まって高い声を上げているのを目の端で感じ取って、わざと視線を外している感じだった。
 一方、クロエは彼から視線を離せなかった。 懐かしいというより、一目見たときの衝撃が去ると、奇妙ななじみのなさが生まれたのだ。
 リオネルは、今でも美しかった。 いや、全体的に見れば以前よりずっと美々しくなっているはずだった。 最新流行の豪華な服にレースの袖口が揺れ、以前は何の飾りもなかった手には大きな指輪が三つも嵌まって、輝きを放っていた。
 そして、ただでさえ整った顔には上品な薄化粧をほどこし、大理石のようになめらかな肌に見せていた。 あら探しさえできないほど完璧な伊達男〔だておとこ〕だ。
 それなのにクロエが二年ぶりに目にしたリオネルは、どこか影が薄く、くすんで見えた。


 ずいぶん見つめていた気がしたが、時間にしたらほんの数秒もなかったろう。
 リオネルの変化に愕然としたクロエを、ようやく彼の視線が捉えた。 混み合った舞踏室をなにげなく見回しかけて、何かを感じ取ったのだ。
 素早くリオネルの顔が動いた。 クロエは反射的に身を引こうとした自分に気付き、意思の力で踏みとどまった。
 二人の目が合った。 男の口が、わずかに開いた。 驚いたのにちがいない。
 少しでも準備期間のあったクロエのほうが、立ち直りは早かった。 彼女は扇を素早く開くと、半ば顔を覆ったまま、そっけなく頭を倒して儀礼的な挨拶を送った。
 リオネルは足を止めた。 だが近づいてこようとはせず、手を優雅に動かして礼を返した。
 クロエの横で息を潜めていたコリンヌが、飛びあがりそうな勢いで体を寄せてきて、早口で囁いた。
「ほら! もう注目の的になってらっしゃる! うらやましいわ、あの方有名なカステルシャルム侯爵ですよ。 ご存知でしょうけど」
「ええ、お姿と称号だけは」
 クロエは一本調子に答え、まだ立っている彼に背を向けた。


 間もなくクロエは、コリンヌたちの褒め言葉がまんざら大げさではなかったことを知らされた。 着飾った彼女たちに紛れて柱の横でおとなしくしていたのに、一人また一人と見知らぬ若い貴族たちがやってきて、娘たちを遠巻きにし始めたのだ。
 やがてその中で勇気ある若者がクロエに近づき、丁重に頭を下げて自己紹介を行なった。
「お初にお目にかかります。 ラモット伯の息子でエルヴェ・デュマルタンと申します。 見たこともないほどお美しい貴女に、次の曲を一緒に踊っていただけたら光栄なのですが」
 若者の声は緊張で震えていた。 初々しい。 彼の輝く瞳と上気した頬は、懐かしいサンパトリックを思わせた。
 扇を閉じると、クロエはデュマルタンに静かに微笑みかけた。
「クロエ・デグリューです。 こちらこそ光栄ですわ、デュマルタン様」











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