表紙

 -46- 社交界の噂




 父の話し方は物やわらかだったが、実質は命令だ。 断ることはできなかった。
 クロエは黙って召使たちと共に荷造りし、馬車に乗った。 今回のパリ行きは、最初のときのように気楽な女同士の旅ではない。 兄の婚約が決まり、弟のアレクシも十歳になってだいぶしっかりしてきたので、父の侯爵は安心して領地を後にできるようになった。 クロエと同じ馬車に乗り込みながら、彼は今度こそ自分の手で娘に良縁を結ばせたいと強く決めていた。


 三台の頑丈な馬車を連ねて、デグリュー父子の一行は無事パリに到着した。
 クロエ一人ならいざ知らず、父親まで側近を引き連れて来たとなると、ブランソー夫人の館にそっくり厄介になるわけにはいかない。 侯爵は部下に命じて馬で早く行かせて、すでに町屋敷を一軒借り受けていた。
 先遣隊が掃除を済ませ、灯りをつけた屋敷に、一行は暗くなってからたどり着いた。 嬉しいことに、ブランソー夫人が前の日から屋敷を訪れて、疲れた旅人たちがすぐ快適に暮らし始められるよう、細かい準備を済ませておいてくれた。
 夫人と挨拶のキスを交した後、侯爵は上機嫌で着替え、湯気の立つ食事が待つ大食堂へと向かった。
 一方、クロエは夫人と共に三階の部屋へ行き、別れていた間のことを話し合いながら、夕食のためのドレスをまとった。
「まあまあ、二年も会えなかったなんて! 社交界の常連も、だいぶ変わったわよ。 ポルニック伯爵は結婚して、サンテティエンヌに戻っていったわ。 それから、シュヴァリエ・モローは軍隊に入ったのよ。 驚くでしょう?」
 髪をせっせと梳かす小間使いの櫛に引っ張られながら、クロエは優雅な椅子に体を埋めて、半ば意識を散らしていた。
 その耳に、どきっとする名前が飛び込んできた。
「でも、華やかだった二人の代わりに、大物が戻ってきたの。 名門のカステルシャルム侯爵よ。 ほら、あなたも一度会ったことがあるはずよ? レアのお茶会で」
「ええ」
 クロエは短く答えた。 自分では声が喉につかえた気がしたが、耳で聞くと意外にしっかりして聞こえた。
 伯母は流れるように話し続けた。
「去年に喪が明けてから、それは見事な服装を選ぶようになってね、若い女の子だけでなくひよっ子男性にも憧れの的なのよ」
「そうですか」
 今度の返事は冷たく響いた。 でもブランソー夫人は気にかけず、いそいそと語った。
「前はちょっと無愛想な印象だったけどね、今は違うの。 お作法も優雅よ〜。 本格的な花嫁探しに入ったともっぱらの噂だけど」
 だけど?
 妙なところで伯母は話を切り、小さく咳払いした。











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