表紙

 -43- 運命の暗転




 サンパトリックの遊び仲間たちに、本気の悪意があったとは思えない。
 ただ、うらやましかったのだ。 彼らに考えられる限り最高の幸せを手にした友が。
 それで、酒盛りが度重なると、悪ふざけがひどくなってきた。 本を頭に載せて、落とさないようにテーブルの上を歩く賭けが始まり、三人が挑戦した。
 そしてシュヴァリエ・モローがひょろひょろよろめきながらも端から端まで歩き通すと、口笛と拍手が鳴り響いた。
 続いて、窓の傍の脇机に次々と金貨の小さな山ができた。 向こう見ずで知られるバンジャマン男爵の三男マチューが、窓から出て壁を伝い、隣の部屋まで行けるかという肝だめしを提案したのだ。


 広間にいた十人の若者のうち、九人が酔っ払っていた。 そのうち五人は泥酔状態といってよく、みんなに飲まされたサンパトリックは、特に足元がおぼつかなかった。
 それなのに、酒で気が大きくなった彼らは、マチューの肝だめしに喜んで参戦した。 最初に試みたダニエル・ラントが何とか成功したのが、よけい事態を悪くした。


 次に挑戦者にまつりあげられたのは、サンパトリックだった。 さすがに彼がためらうと、弱虫呼ばわりされた。 日頃は分別があるのに、この夜ははやしたてられてカッとなり、彼は三階の窓から真っ暗な外に足を踏み出した。
 男たちの歓声を聞いて、うつらうつらしていたシュヴァリエ・モローが目を覚まし、窓辺で揺れているサンパトリックに気付いた。
 モローは酒に弱く、その夜もりんご酒二杯で眠くなって部屋の隅につぶれていた。 だから他の者より常識が残っていて、あわてて立ち上がると窓に急いだ。
 気付くのがあと数秒早ければ、ひるがえる上着の裾を捉えることができたかもしれない。 しかし、必死で飛びついたモローの指先はサンパトリックに届かなかった。 サンパトリックは声もなく、静かに闇の中へ落ちていった。




 クロード・フランソワ・ド・サンパトリック子爵の葬儀は、三日後しめやかに行なわれた。
 クロエもブランソー夫人に付き添われて参列した。 分厚いヴェールに隠された顔は誰にも見えなかったが、ずっと伯母の腕に寄りかかってゆっくり歩く姿は、普段のいきいきした活発な足取りの影もなく、痛々しい印象を与えた。


 葬儀の二日後、クロエは荷物をまとめて実家へ帰宅の途に着いた。
 その前日にシュヴァリエ・モローが彼女を訪ね、足元にひざまずいて許しを乞うた。 彼の口から事故死の様子を聞いたクロエは、悪ふざけを止められなかったと悲しむモローの手を取って立ち上がらせ、後悔を受け入れたが、そのことを聞いた残りの悪友たちが先を争って訪問してきたのを、すべて門前払いにした。
 彼女は現場にいたサンパトリックの執事から、すでに真相を聞いていたのだ。











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