表紙

 -42- 婚約を決め




 クロエは小間使い二人の手を借りて、大急ぎで着飾った。
 明るい肌に映える薄緑の午後用ドレスで降りていくと、こちらも限度一杯まで正装し、頬を紅潮させたサンパトリックが、ブランソー夫人と話し込んでいた豪華な椅子から、飛ぶように立ち上がった。
「デグリュー嬢! わたしが今どんなに幸せか、わかってくださいますか?」
 純粋な喜びのあふれる瞳で見つめられ、手に燃えるキスを浴びせられて、クロエの心はほんのり温かくなった。
 そして思った。 この人を大切にしよう。 彼ならきっと、誠実には誠実で返してくれる。


 今シーズン一番の魅力的なデビュタントと称えられたクロエが、早々と婚約を決めたと知って、社交界はどよめいた。
 あまりにも無難な相手選びに、最初は先走りしたただの噂ではないかとさえ言われた。 話題の中心になっている美女は、少しばかり羽目を外さなければ面白くないというわけだ。
 クロエがひっそりととんでもない冒険をしようとしていた事実は、まったく表に出なかった。




 それから一ヶ月、夏の盛りから風が心地よい初秋までの期間、許婚たちは楽しい日々を過ごした。
 特にサンパトリックは、目もあてられないほど婚約者に夢中だった。 公園に馬車で行くときも、夜に観劇や舞踏会に出席する場合も、サンパトリックの姿は常にクロエの横にあり、顔を寄せ合いながらなごやかに話す様子が始終見かけられた。
 特に、ブランソー夫人がクロエの故郷に出した知らせに、父侯爵から快諾の返事が届いてからは、サンパトリックはもう幸せに酔っていた。
 手紙がひんぱんにやり取りされ、その結果、式次第と持参金など条件を決めると同時に、新しくできる婿を父と対面させるために、若い二人はクロエの実家への旅に出ることになった。 まだ結婚前なのでブランソー夫人が付き添っていくことにしたが、前ほど厳しく見張らない予定で、クロエにはある程度自由が許される面白い旅になるはずだった。


 出発の前日、サンパトリックの友人たちが、結婚祝の飲み会を開いた。
 それが思いがけない事態を招くことになった。











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