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-40- 決心を実行
ナプキンをサッと払ってマフィン屑を落とすと、ブランソー夫人は慎重に口を継いだ。
「あなたのお父様には、まめに手紙を出しているのよ。 六人の求婚者や有望なお相手の名前と略歴は、すでに知らせてあるの。
お父様はとてもご満悦な返事を下さった。 シュヴァリエ・モロー以外はみんな素晴らしい家柄ばかりですものね。 うちのおてんば娘がパリで注目の的になるとは、とびっくりしてらしたわ」
「私も驚きましたもの」
クロエはぼんやりと答えた。 自分では、性格の明るさと丈夫な体が取り得だと思っていたが、こちらではなんと女らしいとか優美だなどと褒めそやされた。 つい嬉しくなって信じてしまった自分が、今では枯れ葉の下のオサムシのようにちっぽけで惨めに思えた。
憂いをおびた姪の顔を、再びブランソー夫人は心配そうに見た。 そして、思い切って尋ねてみた。
「はっきり言うわ。 気がかりなのは、あなたがクリュニー男爵のお庭で会っていた男性のことなの」
クロエの喉が上下した。 いつか詳しく訊かれるとは覚悟していた。
「あれは……何でもありません。 ちょっとした戯れです」
ちょっとした戯れ? と呟いて、夫人は首を振った。
「危険なことよ。 他の人に見られなくてよかったわ。 噂はまったく立っていないようだから」
「はい」
「それじゃ、あの男性は気にしなくていいのね? 後で面倒なことになったりは」
「しません」
強く否定しながらも、クロエに確信はなかった。 『リオネル』の性格をわかっているつもりでいたが、『カステルシャルム侯爵』とはどんな人物か、今となっては見当もつかない。
侯爵は遠い人だった。 あの氷のような目、厳しい口元。 どちらも誘惑に弱く軽はずみな小娘として、クロエを冷たくあしらっている表情だった。
「面倒など、起きるはずありませんわ。 あちらも遊びですから」
こっちは真剣だったのに!
そう叫びたい思いに駆られた。 でも、クロエは意地で口に出さなかった。
ブランソー夫人は納得し、お気に入りの休憩室でさらさらと手紙をしたためて、サンパトリックの使いに持たせてやった。
これで事実上、婚約は成立した。
返事が届くまでの間、クロエは気分転換に庭へ出た。
庭師と見習だけでは足りず、召使の一部まで動員して、広い庭園の片付けにかかっていた。 手押し車があちこち行き交い、指示や報告の叫びが乱れ飛ぶ。 離れの三角屋根に載っていた風見鶏が折れて飛んだと、大声で誰かが伝えていた。
騒然とした状況だが、それでも区画された一帯から更に奥へ進むと、小さな林がほぼ無傷で立っていた。 木々がお互いに助け合って暴風をしのいだのだろう。
空は鏡のように晴れ渡っていた。 昨日の午後とはうってかわって、暑いぐらいだ。
クロエが木陰に入ろうとしたそのとき、林を抜ける小道から若い男が不意に姿をあらわし、帽子を取って一礼してから手紙を差し出した。
驚いたクロエは、反射的に受け取ってしまった。 しかし、裏を返して差出人の名前を見ると、まるで熱いものを掴んだように、手からすべり落とした。
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