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-39- 嵐の翌朝は
クロエがどうしても気分が悪いと訴えたため、ブランソー夫人は居間に戻るのを断念し、楽しかったがやむをえずお暇すると男爵家の執事に言づけして、馬車を呼んだ。
結果的には、早く屋敷に戻ってよかった。 夕方から俄〔にわ〕かに黒雲が押し寄せてきて風が吹き荒れ、やがて前が見えないほどの大雨になったのだ。
夏の嵐は明け方まで続いた。 そのせいで、クロエは悲しみの上に戸外の騒音が重なって、ほとんど一睡もできなかった。 まばゆい稲妻に引き続いて割れ鐘のような雷鳴が轟き、地面に穴のあきそうな雨音に消されてゆく。 ブランソー家は新しいし頑丈に作られていたが、それでもところどころ横なぐりの雨が振りこんだらしく、夜中に夫人が声を張り上げて、桶を持って来てと指示しているのが聞こえた。
翌朝、外はひどい有様だった。 前はきちんと並んで美しくそよいでいた庭園の花々は、泥にまみれて倒れ伏していた。 その上に、ちぎれた葉や枝が吹き溜まりを作って積もっている。 中には強風にさらってこられた紙切れや破れたカーテンの一部、男物の手袋の片方まであった。
まるで私の心のようだ──窓からそっと覗いて見て、クロエは暗い気持ちになった。 朝方に嵐が通り過ぎてからうとうとしたらしく、起きたときにはもう正午を回っていた。
食欲はないものの、部屋でぼんやりしているのも辛く、着替えて食事室へ降りてくると、伯母が卵料理を前に置いて、あくびを噛みころしていた。
クロエを目にして、彼女は不意にしゃんと背筋を伸ばし、真剣な表情で見返した。
「起きたのね。 サンパトリック子爵からお使いが来て、昨夜の嵐は凄かったのでご無事ですかと、お見舞いをいただいたわ」
クロエの顔にも緊張が走った。 目を伏せてテーブルに近づくと、伯母がマドレーヌを手に取った後で念を押した。
「向こうの部屋で待っているの。 求婚をお受けしますとお返事していい?」
「はい」
ためらわずに、クロエはきっぱりと答えた。
子爵には本物の思いやりがある。 嵐を気遣って使いをくれたのは、彼一人だった。
ブランソー夫人はすぐには行動を起こさず、指で軽くテーブル面を叩きながら呟いた。
「確かに子爵はいい人よ。 古くからの家柄だし、今は子爵でもやがてはお父様の跡を継いで伯爵になる。 財産は折り紙つき。 おまけに誠実な性格で知られているから、あなたを粗末にするようなことはないでしょうし。
賢い選び方ね、クロエ。 デビューしたての娘とは思えない。 ただ、ちょっと気がかりなのは」
話をいったん切って、ふたたび夫人は姪の横顔を探るように眺めた。
「ちっとも幸せそうに見えないこと」
この言葉には違和感があった。 条件のいい結婚を自分から申し出た娘に、後見人の言うせりふではない。
幸せは、当時の結婚の必要条件ではなかった。
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