表紙

 -38- 失意と決断




 廊下に走り出た後、どうやって中庭に行ったか記憶にない。 気がついたら木陰にいて、強さを増した風に吹かれていた。
 空を見上げようとしたとき、急に吐き気が襲ってきて、クロエは体を曲げた。
 すると間もなく、誰かの手が背中をさすってくれ、同時に伯母の困惑した声が耳元で聞こえた。
「どうしちゃったの? 朝に何か悪いものを食べたかしらね」
 幹に掴まって体を起こすと、クロエはしゃがれた声で言い訳した。
「そういえば、オレンジを食べすぎたかも」
「気をつけなさいよ。 外出着はコルセットでぎゅうぎゅう締めるから、気持ちが悪くなりやすいの」
「ええ、そうですね」
「もうよくなった?」
「はい」
「じゃ戻りましょう。 リアが心配していたから、安心させなくちゃ」
 ブランソー夫人は、そそくさと姪の腕に手をからませて連れ帰ろうとした。
 仕方なく並んで歩いているうちに、衝撃は次第に薄れ、代わりに暗い怒りが雷雲のように盛り上がってきた。
──私は真剣だった。 彼の優しさに感謝し、頼もしいと思い、生涯を共にしたいと願った。
 それなのに彼は召使のふりをして、私を嘲笑った──
 正確に言えば、従僕のふりをしたわけではない。 ただ、クロエの誤解を正そうとしなかっただけだ。 いつも黒を着ていたのは、父親の喪に服していたせいだった。
 不意に視界がぼやけてきた。 今になって涙が出そうになっているのを悟り、クロエは急いで天を仰いでまばたきした。
 思えば、深入りさせまいと彼が努力していたのがわかる。 教会の呼び出しにあまりにもたやすく応えた彼女に、リオネルは苛立っていた。 そして教訓を与えようとした。 結局、脅しになりきらず、かえって炎をあおってしまう結果になったが。
──だから、こんな形で火消しに出たのね──
 私はバカな子供だ。 そうクロエはつくづく思った。
 だが、あの一言だけは許せなかった。 好きだと認めた、あのときの言葉だけは。
──嘘つき! 身分も心も嘘だったんだ──
 クロエの足が、突然根が生えたように止まった。 がくんと引き止められて、ブランソー夫人はよろめいた。
「ちょっと! 急に立ち止まらないで」
「伯母様」
 クロエは、ひどく落ち着いた声で言った。
「私、決めました」
 夫人はきょとんとした。
「何を?」
「結婚です。 サンパトリック子爵の申し込みを、喜んでお受けします」










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