表紙

 -37- 意外な客が




 クリュニー男爵夫人のお茶会は今度こそ本当に内輪の集まりで、十数人しか招かれていなかった。 しかも、急な招待だったため、予定が合わない客がいて、実際に来られたのは九人だった。
 わずかな招待客の中に、クロエの求婚者たちは入れなかった。 だからクロエはのんびりして、男爵夫人の長年の友数人と、著名な哲学者や画家、詩人に囲まれ、小規模サロンの雰囲気を楽しみながら、目立たずに広間を抜け出してリオネルを探す方法をあれこれ考えていた。
 当時のフランスでは、こういう文化的で自由な集まりを名流婦人が開くのが流行になっていた。 そこでは、実績や経験があり、語る能力を持っていれば、身分の上下にかかわらず歓迎された。


 午後二時に始まった会が盛り上がりを見せはじめた三十分後、廊下がざわざわし出して、若い男性の声が近づいてきた。
 人々はあちこちに小さな輪を作り、気に入った話に熱中していた。 その輪の一つからクリュニー夫人が腰を上げ、不審そうに呟いた。
「あの声はフランソワかしら」
 その直後に扉が元気に押し開けられ、高価な巻き毛のカツラを揺らしながら丸顔の青年貴族が大股で入ってきた。
 とたんに静かな部屋の空気が一変した。 まだ日が高いというのに、青年は高価なブランデーの匂いを香水のようにまとっていて、足元もややおぼつかなかった。
「伯母様〜。 ご招待ありがとうございます〜!」
 やはりそうだわ、と低く呻いて、クリュニー夫人は渋面を作った。
「あらこんにちは。フランソワ。 ところで私、あなたを招いたかしら?」
「ひどいご挨拶だな」
 フランソワと呼ばれた青年は、人の良さそうな口元を尖らせた。
「両親を失って僕一人残されたとき、親戚なんだからいつでもおいでと言ってくださったじゃないですかー。
 それに今日は、れっきとした伯母様の招待客を連れてきたんですよ。 ほーら、お気に入りのカステルシャルム侯を」
 とたんに部屋中の人が顔を上げ、出入り口に目をそそいだ。 別の考え事で忙しかったクロエも、その名を聞いて興味を引かれ、反射的に視線を向けた。
 若い侯爵は、先代の侯爵だった父親を去年亡くしたばかりで、家柄といい財産といい最高の花婿候補と前評判が高かった。 だが母親の侯爵夫人が夫と折り合いが悪く、四人の子供のうち上の二人を連れて母方の母国スウェーデンで長く暮らしていたため、跡継ぎの少年を知っている人はフランス本国には数えるほどしかいなかった。
 しかもまだ喪中なので、本人は華やかな社交界に姿を見せず、ますます謎めいて好奇心の的になっていた。


 フランソワに続いて、すっと入ってきた青年を見たとき、クロエは表情を変えなかった。
 驚くより、むしろ喜んだ。 フランソワが何か用事を言いつけて、ついてこさせたと思ったからだ。
 それは、リオネルだった。
 部屋に入るとすぐ、リオネルは視線を横に走らせて、クロエを見つけた。 反応してはいけないとわかっていても嬉しくて、クロエは思わず彼に微笑みかけた。
 するとリオネルはかすかに顎を上げた。 藍色の瞳が鮮やかさを増し、氷のように冷ややかな青に変わった。
 笑みを返してくれない。 その上、まるでさげすむような目の色になったことに衝撃を受けて、クロエの笑顔は縮み、引っ込んだ。
 その目に、フランソワがリオネルの袖口を親しげに掴む光景が映った。
「さあ野人、列席の皆さんにご挨拶しろよ」
 軽くその手を払いのけると、リオネルは申し分のない優雅なお辞儀と共に、張りのある声で自己紹介した。
「リオネル・アラン・ボークネール・ド・カステルシャルム侯爵と申します。 まだこの国に戻ってきて日が浅いので、礼儀作法など至らない点が多いと思いますが、失礼があれはお許しください」


 クロエは、ただじっとリオネルを見つめていた。
 いつもの彼だ。 同じ黒い服を着ている。 飾りのないのも同じ。 かつらを被らず、地毛の金髪を軽くまとめているだけなのも、普段通りだった。
 だがこれは、彼女のリオネルではなかった。 態度が変わっただけなのに、彼はもはや別人にしか見えなかった。
「誰ですって?」
 いつの間にか、口が勝手にささやいていた。
 単なる質問だと思った隣のサンジャック氏が、屈みこんで教えてくれた。
「新しいカステルシャルム侯爵ですと。 噂にはなっていたが、まさかこんな男前とはね」
 クロエはゆっくりと口に手を当てた。 もう周りは見えず、崩れ去った夢からただ逃れようとして、もがくように立ち上がると、部屋の反対側にある戸口に走った。










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