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-36- 諦められず
衝撃の結末に、クロエは息を止めた。
それからゆっくり、震えるように吐いた。
ブランソー夫人は素知らぬ顔でドレスの袖口を整えた後、見慣れた景色に気付いて声を上げた。
「ああ、もうじき家よ。 小雨が降ってきたようだから、帽子をしっかり被りなさいね」
天気が変わったのと同時に、気温もぐっと下がっていた。 夫人は階段を上がりながら、冷えるとぶつぶつ言い、下働きに命じて暖炉に火をおこさせることにした。
若いクロエにとって、外気の寒さはそれほど堪〔こた〕えなかった。 しかし、馬車の中で聞いた話の余韻に、心は冷えていた。
人には皆、立場がある。 弱い者ほど細かく計算するものだ。 ましてリオネルは、駆け落ちなど一言も口にしていない。 隠された想いをようやく告白したとはいえ、それがどこまで続くものか、本人でさえ危ぶんでいる有様なのだ。
結婚は一生続きますが情熱は一時のこと、という彼の苦い言葉を、クロエは忘れることができなかった。
だからこそ、受け継ぐはずの遺産を打ち明けた。 生活が安定すれば、それだけ愛も長持ちする。 現実的なアルデンヌ娘として、クロエはそこまで先を考えていた。
彼にはそれだけの値打ちがある。 初めて逢った夜、報いを求めずに助けてくれた。 リオネルは機転が利いて頭がよく、心の温かい人だ。 伯母は美男だから惹かれたと決め付けているらしいが、クロエには確信があった。 すらりとした大きな体は確かに魅力だが、たとえその上の顔がヒキガエルみたいでも、同じ気持ちになっただろう。
ただし、イボがたくさんあったら嫌だけれど。
中途半端に別れた後の五日間、クロエはリオネルに会えなかった。
彼が字を読めるかどうかわからないので、手紙も書けない。 当時の使用人階級では、読み書きができる者はほんの僅かだった。
だからクロエの望みは、再びド・クリュニー男爵夫妻に招待されることだった。 あの広い邸宅に招かれれば、リオネルの職場なのだからきっと探し当てることができるだろう。
伯母に疑われないよう落ち着いて振る舞い、求婚者たちにも付かず離れず平等に接しながら、クロエは毎朝毎晩願っていた。
そして三日目に、願いは叶った。 明後日のお茶会に、伯母様とご一緒にぜひどうぞ、と、クリュニー夫人からの招待状が届いたのだ。
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