表紙

 -33- 貴方も同じ




「あなたは美しいし、若くて健康だから、勤めは厳しくても、今は楽しいことが沢山あるでしょう。
 でも後十年、二十年経ったら? 従僕の仕事はできなくなるわ。 それに私、給金がいくらぐらいか知ってるの。 従姉妹が美男の従僕を四人雇っているから。 たとえしっかり貯金をしても、長く保つことはできないでしょう」
「お嬢様……」
「私には自分の財産があるの」
 クロエは必死だった。 だから彼に口を挟ませなかった。
「名付け親だった大叔母様が私を気に入って、遺産を残してくださったのよ。 父のつけてくれる持参金よりは少ないけれど、十八になれば相続できるわ。
 あとたった一年半。 その間だけ暮らしていければ、好みの家を買って、そこそこ楽に生活できる。 あなたのやりたいことが、きっと……」
「お嬢様!」
 リオネルの強い手が、クロエの肩を押さえて揺すぶった。
「しっかりしてください。 まさか本気で駆け落ちするつもりですか? どこの馬の骨かわからない、ただの従僕と?」
「馬の骨じゃないわ。 あなたよ!」


 不意に突風が吹いて、二人の体を横からさらった。 よろめきかけたとき、リオネルは自分たちが舞踏会場のすぐ外にいるにもかかわらず、我を忘れて次第に声を大きくしていたことに気付いた。
「あっちへ行きましょう」
 そう言いながら、彼は強引に小柄なクロエを押して、パーゴラにからんだ蔓薔薇の陰に連れて行った。
 そこは静かだったが、真っ暗ではなかった。 庭のあちこちに焚いてある松明の炎が、噴水のある池に反射して、かすみのようにはかない光を二人にちらちらと投げかけていた。
 パーゴラの下に備えつけられた鋳鉄製のベンチにクロエを座らせ、自分も少し離れて腰を降ろすと、リオネルは何とか彼女を落ち着かせようとした。
「結婚は一生のことですよ。 でも情熱は一時のこと。 不幸になるとわかっているのに」
「私を好き?」
 リオネルは固く目を閉じた。
「それは」
「少しでも愛している? 恋の相手として?」
 男はパッと目を見開いた。 やがて、重い口がようやく動いた。
「……ええ」


 小さな笛のような音をさせて、クロエは息を吸い込んだ。
 しかし、言葉は出てこなかった。
 代わりに彼女は一瞬の動作で二人の距離を縮め、リオネルの首に両腕を巻きつけると、夢中で唇を重ねた。










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