表紙

 -32- 真実の訴え




 クロエがすぐ背後に迫るまで、リオネルは気付かなかった。 華やかな舞踏会場に目を走らせて、彼女を探すことに集中していたのだ。
 だから、かすかなあえぎが耳をついたとき、本気で驚いて、跳ぶように振り返った。
 その腕に、クロエが手を伸ばし、飾りのない袖を固く握りしめた。
「リオネル!」
 リオネルは一歩下がり、厚いガラスに背中を押しつけた。
「お嬢様、ここで何を……」
「あなたこそ何をしているの?」
 そう問い返しておきながら、クロエは答えを待たずに彼の胸に身を投げた。 熱い体温とがっちりした筋肉が、薄いスカーフ一枚しかまとっていない肩をしっかりと受け止めた。
「会いたかったわ」
 男は反射的に抱きとめかけた腕をゆっくりと下ろしながら呟いた。
「こんなことをしてはいけません」
 そっけない言葉にも、クロエはくじけなかった。
「どうして? あなたは私を見ようとして、ここにいたんでしょう? 私もあなたが見たかった。 もう駄目かと思っていたけど、それでもあなたと会って、話をして、抱きしめられたかった」
「それは貴族の姫君の気まぐれです」
 苦い言葉が、クロエの耳元に落ちてきた。
「夏の夜はのぼせやすい。 あなたは暗闇の魔法に呑まれているだけです。 わたしのように口の重い無愛想な男が、華やかで洗練されたあの方々の魅力に勝てるとでも?」
 そう言って、彼の手がガラス扉の向こうを指した。
 その手にクロエは指をかけて引き戻し、自分の胸に当てた。
「とっくに勝っているわ。 ほら、こんなに鼓動が高まっている。 あなたと共にいる喜びで、心臓が弾け飛びそうになっているの」
 リオネルの下唇が、小さく震えた。 しようと思えばすぐ振り払えるのに、彼はクロエに掴まれた手を動かそうとはしなかった。
「火遊びはおやめなさい。 結婚前の女性にとって、男の噂は命取りです。 降るようにある縁談が、霧のように消えてしまいますよ」
 拒まれなかった手を、クロエは胸から持ち上げて頬に当てた。
「火遊びのつもりじゃないわ。 本心よ。 もう引き返せない。 私はあなたを……」
 最後まで言う前に、二本の長い指が口を封じた。 喉に詰まった声が聞こえた。
「言ってはいけない。 私たちの間には、未来はありません」
 クロエは激しく頭を横に振った。 そんなことはない。 ないはずだ。 彼が自分の気持ちを、ここで認めてくれさえすれば……!










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