表紙

 -30- 求婚が続く




 正直に言って、クロエは少しわくわくした。
 求婚なんて生まれて初めてだ。 れっきとした貴族の御曹司が、真剣に彼女を相手として申し込んでくれる。 サンパトリックが誠実な青年だと知っているだけに、相手として選ばれたのは嬉しかった。


 翌日の午後二時、約束の通りサンパトリック子爵は、まず豪華な薔薇の花籠を送りつけてから、ぱりっと着飾ってブランソー家の前階段を上ってきた。
 そしてきちんと準備を踏み、まず後見人のブランソー夫人に求婚の許可をもらった後、二人で応接間に入ってきた。
 子爵が向かい合った椅子に座り、体を乗り出して切々と心情を訴えるのを、クロエは顔をうつむけたまま聞いた。 そして、伯母に教えられたように、こう答えた。
「ありがたいお申し出に感謝しております。 心が決まるまで、少しの猶予を下さいませ」


 ブランソー夫人の思惑は当たった。
 サンパトリック子爵が一歩先んじて申し込んだという噂が出たとたん、美しく整えられたブランソー邸には訪問者カードと贈り物が続々と山をなし、有力貴族の子弟がまるで名所のように押しかけてくる場所となった。
 皆を愛想よく迎えながらも、ブランソー夫人は内心勝ち誇った。 それほど名門とはいえないにしろ、クロエは侯爵の子女だし、母方から農地を受け継いでいて持参金もそこそこある。 その上、容姿が可憐で声がよく、気立てまでいいのだ。
 こうなったら最高の婿を望んで何が悪い!


 というわけで、六人もの求婚者を獲得した後も、夫人はのらりくらりと回答を引き延ばし、これまでと変わらず、クロエと二人で着飾っては、ひっきりなしの招待に応じて社交界を飛び回った。
 クロエは、ただ黙ってついていくだけだった。 この都会にも友人がたくさん出来たので、観劇、お茶会、そして舞踏会と続く行事が更に楽しく、若いクロエには毎日がお祭りのようなものだった。




 子爵の求婚から十日が過ぎた。
 その間、クロエは一度もリオネルの姿を見かけなかった。 出かけて賑やかにしていれば、彼のことを思い出さずにすむ。 それでも深夜に疲れた体をなめらかなリネンのシーツに横たえるとき、だいぶ薄れたとはいえ、彼のたくましい腕と熱い唇が記憶によみがえった。
 リオネルをどう考えればいいのか、クロエにはわからなかった。 彼は故郷の男の子たちとはまったく違う。 物憂げで、やさしいと思えばいきなり冷たく、怖い感じになる。
 強く惹かれるのは事実だが、恋の対象としては危険な気がした。
 今、クロエは少しおじけづいていた。










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