表紙

 -26- 禁断のキス




 いつの間にか、リオネルの腕がクロエの脇から離れ、きゃしゃな体を抱きしめていた。
 そして自分でも知らぬ内に、クロエの腕も相手の胴に回っていた。 二人は無我夢中でキスを続け、やがて遥か高みにある天井が、ぼやけた視線の先でゆるやかに回り始めた。


 下で、低い男の話し声が響いた。 それに答えて、聞き覚えのある伯母の声も。
 男の熱い胸が、さっと離れた。 クロエはよろめいて椅子にぶつかりかけ、なんとか体勢を立て直して、胸を腕で抱いた。
 上げた眼が、リオネルの眼とぶつかった。 二人とも息が速まり、顔が上気していた。
「すぐ降りて!」
 その切迫した囁きでクロエは我に返った。 何を話す余裕もなく、階段を忍び下りていったが、まだ頭がぼうっとしていて狭い段を二度踏み外しかけ、床に足がついたとき、傍の柱に身を隠すのがやっとだった。
 伯母の明るい声が、次第に近づいてきた。
「それでは教皇様のお風邪はよくなられたのですね。 よかったこと」
「まったくです」
 僧正の返事は、心なしか元気がなかった。 教皇が病死すれば新たにコンクラーベ(教皇選定会議)が開かれる。 僧正にも次の教皇になる野心があるのかもしれなかった。
 タイミングを計って、クロエは物陰からおずおずと姿を現した。 伯母はすぐ気付き、隣の僧正に挨拶した後、急ぎ足で近づいてきた。
「まあ、ここにいたの。 座って待つように言ったのに」
「すみません」
 クロエは殊勝に謝った。 するとブランソー夫人は上機嫌で、手提げの中から透き通った淡青色の塊を取り出した。
「これ、あなたのドレスの胸元を覆うのにいいかと思って。 ほら、襟ぐりの大きく開いた藤色の服よ。 あの服もとてもよく似合うけど、なんていうか、結婚前の乙女にしては慎みがなく見えるような気がしてね」
「ありがとうございます」
 蜘蛛の糸で織られたようなスカーフを受け取って自分のバッグに入れながら、クロエは上の空で答えた。


 伯母に連れられて教会を出ると、埃っぽい初夏の風が吹き付けてきた。 後ろに飛ばされたフードを被り直し、馬車へと向かう道で、クロエは太陽の光を生まれて初めて眩しいと思った。
──私は罪を犯したのだろうか。 親や後見人の許しもなしに、名前しか知らない人と口づけを交わして…… ──
 ただキスしただけなら、無理強いされたと言い訳できたかもしれない。
 だが、彼女はそのキスに応えた。 うっとりと溺れ、彼の腕に身を投げ出してしまったのだ。












表紙 目次 前頁 次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送