表紙

 -25- 豹変しても




 普段は部外者が行ってはいけない場所だ。 だがその朝はオルガン奏者や聖歌隊の姿は見えず、番人も見当たらなかった。
 クロエが衣ずれの音を立てながら階段を上り、鍵盤の前に立つと、間もなくリオネルも姿を現した。 今日は薄地のマントをはおり、フェルトの三角帽子を小脇に挟んでいるが、黒一色の服装なのは変わらなかった。


 華やかなステンドグラスの窓からそそぐ淡い光を受けて、リオネルの眼が夏空の色に輝いた。
 深みのある青の瞳と、蜜のような濃い金髪を、黒い服装が更に引き立てている。 見ているクロエが眩しさを覚えるほどだった。 リオネルは本当に美しい。
 ゆったりとした優雅な歩き方で、リオネルはクロエに近づいてきた。 顔には笑みの影もなく、これまでで一番厳しい表情に覆われていた。
 すぐ傍に来ても、彼は歩みを止めずに、体が接するまでぐんぐん寄ってきた。 クロエは長方形のオルガン椅子に追い詰められ、上半身が弓なりになった。
 目の前で、リオネルがのしかかるような体勢を取った。 そうなるとクロエの視野には彼の広い胸と喉元、形のいい顎の先しか入らなくなる。 改めて彼の体の大きさに、クロエは圧倒された。
 すぐに彼は、腕をクロエの両側についた。 これで逃げ場はまったくなくなったわけだ。
 包囲の姿勢を作ってから、リオネルはゆっくり囁いた。
「貴女は元気で可愛く、気立てがいい。 だがあまりにも用心が足りない。 これから男の怖さを教えてあげます」
 そして、ぐいとクロエを引き寄せると、唇を奪った。


 優しさのかけらもないキスだった。 それなのにクロエは動けなかった。
 日頃なら、こんな無礼なことをされたら、いや、されそうな気配があっただけで、山猫のように反応したはずだ。 大声を上げて相手の足を蹴り、顔を叩き、爪を立てただろう。 たとえ相手が今のように、自分の一倍半もある大男だったとしても。
 でも、顔を押しつぶされて苦しくなったので、やがて彼を離れさせようと腕を上げた。 手を相手の胸板に当てようとしたそのとき、不意に彼の態度が変わった。 唇が強引さを失い、動きが柔らかくなった。
 同時にクロエの手が動かなくなり、やがて体から潮が引くように力が失せていった。 そして全身が、ものうい温かさに包まれた。












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