表紙

 -23- 待ち遠しい




 立ち直りが早かったのは、こういうことに慣れているらしいゴーティエ男爵だった。 彼はしらばっくれた笑顔を素早く作り、クロエに首をかしげて挨拶した。
「おや、お一人で休憩かな?」
 驚いて固まっていたクロエも、急いで言い訳を考えた。
「新しいダンス靴がきつくて足が痛くなったので、ちょっと休もうかと。 でも、もう舞踏室に帰るところです」
「あら、私たちもそうなのよ」
 間延びした声で、テバルディ子爵夫人が答えた。 夫でない男性と二人でいるところを小娘に見られてしまっては、もう密会はできない。 白けているのがよくわかった。
 自分の責任ではないけれど、なんとなく申し訳ない気持ちで、クロエは二人の横をすり抜けて廊下に出た。




 その夜から日曜日まで、クロエは胸を躍らせて過ごした。
 朝起きると真っ先に、リオネルとの待ち合わせが頭に浮かび、わくわく感が夜まで続く。
 彼に逢えるのが嬉しいと同時に、これまでの人生で最大の冒険だと思うと、不安が小波〔さざなみ〕のように心を揺らした。 でも、それだからといって、行くのをやめようとは夢にも思わなかった。




 待っている時間はかたつむりの歩みでも、過ぎてしまうとあっという間だった。
 日曜の朝、ブランソー夫人はいつになく早く起き出した。 前日に胃痛で食べられなかった分、明け方には空腹になって目が覚めてしまったのだ。
 たっぷりクリームを入れたココアと鶏肉のキッシュ、オレンジケーキなどを次々と平らげた後、ご機嫌になった夫人は、八時半にもう準備を終えて、戸惑うクロエを礼拝に連れ出した。


 荘厳な教会には多くの信徒が来ていて、僧正の祝福を待っていた。 善男善女の列を見ながら、クロエは焦りを感じた。
──まだ九時前だ。 リオネルは十時過ぎにならないと姿を見せないだろう。 いくら告戒を長引かせても、一時間話しつづけるのは難しいし、神父様にも悪い。 伯母様だって、もっと早く迎えに来るだろうし──
 不測の事態で、彼とすれ違いになりそうだ。 期待が大きかっただけに、クロエは気持ちが沈み、ヴェールの下で涙ぐんでしまった。


 ブランソー夫人が、顔見知りのレディマン僧正となごやかに会話を交わしている間に、横に立つクロエは心を決めた。
─やっぱり告戒を申し込もう。 使用人のリオネルには自由時間が少ないから、こんなに早く来られないだろうけど、やると決めたからには、途中で止めて後悔したくない──













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