表紙

 -22- 密会を約束




 そのとき、廊下のほうでざわめきが聞こえた。 踊り疲れた誰かが、舞踏室から出てきたらしい。
 リオネルが顔を引き締め、小声でクロエに言った。
「ではこれで」
 急いで暗い庭に出ようとして、フランス窓に歩いていく彼に、クロエは思わず追いすがった。
「また会える?」
 リオネルは振り返り、けげんな表情を見せた。
「何のために?」
 そう訊かれるとは思わなかった。 虚を突かれたクロエは、本当のことを答えてしまった。
「お話してると楽しいから。 パリに来て、同性のお友達は何人か見つけたけど、男の方とはお世辞の言い合いしかできないの」
 相手はまた低く笑った。 正直すぎるクロエに愉快な思いをしているようだった。
「そうですね…… じゃ、日曜に礼拝へ行かれますか?」
「ええ、伯母とノートルダムへ」
「では、その後に告戒をなさってください。 長くかかるからと言えば、伯母上はその間、貴女を残して買い物などに行かれるでしょう」
 クロエは目を丸くして、麗しい若者の顔をまじまじと見つめた。
──まあ、この人は何ていうことを思いつくんだろう。 きっと密会に慣れてるんだわ──
 誘惑されるかもしれない。 気をつけたほうがいい、という警戒心が芽生えた。 だがクロエは自分に自信を持っていた。
──この人とは話したいだけ。 まあ、もしかしたら一緒に散歩したら楽しいかもしれないけど、そこまでよ──


 人生に社交界デビューは一回しかない。 そして、十六歳もたった一度しか訪れない。
 そのデビューであまりにも順調なスタートを切ったクロエは、それが誰のおかげかわかっているようで、肝に銘じていなかった。
 だから、彼女はすぐに決断した。
「ええ、行くわ。 たぶん伯母様は十時ごろにいらっしゃると思うの。 朝は早く起きられないから」
 廊下の話し声はゆっくり近づいてきていた。 リオネルは、クロエの背後に視線を走らせると、素早く一礼して窓を開け、音もなく姿を消した。


 ほぼ同時に、半開きの扉が大きく押し開けられて、上気した若い女性が、青の絹とダイアモンドで飾り立てた貴族ともつれ合うようにして入ってきた。
 二人は、窓際でこちらを見ているクロエに気付いて、ぎょっとなった。 どちらもあまり見ない顔だが、クロエには誰だかわかった。 女のほうはテバルディ子爵夫人で、男はゴーティエ男爵だ。 人の出入りの少ない図書室で、密会しようとしていたのだろう。










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