表紙

 -21- 結婚の条件




「黒い制服の人たちが、壁際に並んでいたでしょう? だからあなたがいないかと探していたのよ」
 クロエがそう言うと、リオネルの頬を微笑がかすめた。 優しくて、いくらか戸惑った笑みだった。
「わたしなど探してはいけません。 お嬢様を崇拝する貴族の方々が、あんなに沢山手を差し伸べていらっしゃるのに」
「どうして?」
 クロエは納得がいかなかった。 故郷の領地では、幼い頃から召使本人や子供たちとよく遊んだ。 十五歳になってからは、さすがに一緒になって泳いだり木登りしたりすることはなくなったものの、会えば声を掛け合うし、話し込んで時間を忘れることもあった。
 不満顔のクロエに向かって、リオネルは聞き分けのない子に言い聞かせるように語りかけた。
「それは、お嬢様がうら若い上流のお姫様で、わたしが二十六の男だからです。 人のうらやむような結婚をなさりたいでしょう? お嬢様ならきっと成功なさいます。 ですからわたしなどに構って、人に誤解されては大変です」
「別にうらやんでもらいたいとは思わないわ」
 クロエはあっさりと言った。 それが本心だった。
「お相手は地味な方でいいの。 いえ、むしろ地味なほうが嬉しい。 野心のある方なら、奥方はいつも着飾って、社交に精を出さなきゃいけないでしょう? そんなの私には向かないわ」
 聞いていたリオネルの眼が、ふときらめいた。
「それでは、領地で犬と走り回り、狩ばかりしている人がいいですか? それとも埃だらけの本に鼻を突っ込んでいる偏屈なご老人とか?」
「それはちょっと」
 冗談とわかっているから、クロエはくすくす笑った。
「高望みはしないっていう意味よ。 誠実な方を見つけたい。 それが一番の願い」
「顔立ちや財産はどうですか?」
 そう訊かれて、クロエは改めて目の前の美貌をうっとりと眺めた。 とても素敵で、吸い寄せられるように見たくなる。 だが、それは目を楽しませるためで、それ以上の憧れはなかった。
「そうね、その方が財産家だったら父は喜ぶでしょう。 私を売り込むために高い持参金を用意しなくてもいいと言ってくださる方ならね。
 でも、お顔は……」
 クロエは一瞬話しあぐみ、軽いしかめっ面になった。
「美しいより、感じがいいほうがすてき」
「なぜ?」
 リオネルが低く尋ねた。 クロエは口元をほころばせ、笑顔を取り戻した。
「美男子って、ちやほやされて鼻がこ〜んなに高くなってる人が多いんですもの!」
 そこで初めて、リオネルが声を立てて笑った。
「ああ、そうかもしれませんね、確かに」










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