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-20- 背後から声
リオネルだ!
クロエは直感した。 いや、そう思いたかっただけかもしれないが、ともかく急いで後見人のブランソー夫人を目で探し、友人たちと噂話に興じているのを見届けてから、こっそり廊下へ抜け出した。
大広間ほどではないが、廊下も枝付き燭台が五メートルほどの短い間隔で取り付けられて、昼間のように明るかった。
だが人通りはほとんどなく、はるか奥のほうで空の皿を盆に載せた給仕が遠ざかっていくだけだった。
黒い服の後姿はどこにもない。 ついさっき出ていったばかりなのに。
未練がましく、クロエは二回廊下を見渡した。 それから、あれはたぶんリオネルじゃなかったんだと自分に言い聞かせ、肩を落として舞踏会場に戻ろうとした。
そのとき、背中に声がかかった。
「お嬢様」
低く、穏やかな声だった。 そして、確かに聞き覚えがあった。
クロエは飛び上がるようにして振り向いた。 すると、廊下の左手にずらりと並んだ彫刻入りの扉の一つが半開きになって、中からリオネルが上半身を乗り出していた。
しとやかぶっていても、クロエはまだ十六歳の少女だ。 探し人が見つかっただけでなく、向こうから声をかけてくれた嬉しさで、小鳥のように跳ねながら彼の傍に駆けつけた。
「リオネル!」
さっきのクロエと同じように、素早く廊下全体を見渡した後、リオネルは扉を大きく開いて言った。
「ここでは目立ちます。 どうぞ中へ。 ドアは開けておきますから」
クロエはためらわず、うきうきと部屋に足を踏み込んだ。
中は一転、地味で重厚な作りになっていた。 舞踏室とは天と地の違いだ。 壁際に天井までの棚が張りめぐらされ、金箔の背文字を押した本がずらりと並んでいるのを見て、ここは図書室なんだとすぐわかった。
入り口から少し入ったところで、リオネルは立ち止まり、振り向いてクロエの琥珀〔こはく〕色に輝く瞳と視線を合わせた。
「お元気そうですね。 それに踊りの申し込みが引きもきらず。 お幸せそうでよかったです」
「ありがとう。 みんなあなたのおかげよ」
答えながら、クロエはリオネルの顔から目を離せなかった。
美しい男性は何人も見たことがある。 特に今宵の舞踏会では、宮廷に名の知れた伊達者や美男子がほとんど全員招待されていた。
しかし、目の前にいる青年は、彼らと比べてまったく引けを取らなかった。 それどころか、むしろリオネルのほうが上品さ、男らしさで群を抜いて勝っていた。
「リオネル・何というお名前?」
ぼうっと見とれて放心状態になりかけていたのだろう。 気がつくとクロエは、そんな馴れ馴れしい問いを彼にぶつけていた。
少しためらった後、リオネルは答えた。
「トマです」
リオネル・トマ──胸の中で、クロエは数度、その名前を復唱した。
一度聞いたら忘れたりしないと、わかってはいたが。
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