表紙

 -19- 気は焦るが




 屋敷の敷地に入ってすぐから、クロエはてきばきと動く召使たちを眺め続けていた。 従僕に限らず、このクリュニー邸の使用人たちはみな、地味な色の制服を身につけている。 だが生地が上等なのと仕立てがいいので、雇い主をケチだと勘違いする客はいなかった。
 馬車や馬を受け持っている厩舎係は、濃灰色の服装だった。 客を案内する係は深緑の制服だ。 さすがに、杖を鳴らして来客の名を高らかに告げる従僕は、襟と胸元に飾りをつけていたが、それでも上から下まで紺一色だった。


 表玄関付近には、黒い制服姿は見当たらなかった。 主人の供をする係なので、自分の屋敷に客を迎えるときには出てこないのだろう。 クロエはがっかりした。
 しかし、舞踏室に入るとすぐ、クロエの目が輝いた。
 いるいる! 壁際に並ぶ燭台の下に一人ずつ、黒い制服の若い従僕が配置されていた。 どれもすらりとしていて、整った顔を巻き毛のかつらが取り巻いている。 今流行の袋状かつらではなく、肩まである形だった。
 使用人の装いを一昔前のスタイルにするというのは、よくあることだ。 客と見分けがつくし、伝統を感じさせるので威厳が出る。
 広間に入ってすぐコントルダンス(=カントリーダンス)を申し込まれたクロエは、笑顔の伯母に送り出されてデジュネ子爵と部屋の真中に歩み出ながら、ひそかに考えた。
──あちこち向きを変える踊りだから、自然に部屋を見渡せる。 リオネルがどこに立っているか、きっとすぐわかるわ──


 残念ながら、そのコントルダンスの間には見つからなかった。 広間はあきれるほど広く、着飾った客、特に婦人客の広がったジュップ(=スカート)や大きな扇が邪魔になって、壁際まで目が届かないのだ。
 おまけに次のダンス曲はメヌエットだった。 これはステップが複雑で、途中で余所見〔よそみ〕ができない。 クロエは珍しくいらいらしてきた。 踊り相手が話しかけてくる声にも上の空で、とうとう途中でステップを間違え、踊りの列から転がり出しそうになった。
 幸い、足腰は強い。 ぐっと踏んばってこらえたものの、リズムを外して一人だけ目立ってしまった。
 軽々と横を通り過ぎていく踊り手の中から、わざとらしい声がした。
「あらまあ、踵のある靴を履きなれてないんじゃないの?」
 毒のある言い方だ。 おそらくディアヌだろう。 クロエはうんざりして、舞踏会の楽しさが一挙に半減した。
 ダンス相手のシュヴァリエ・モローが、腕に手を置いて慰めてくれた。
「大丈夫ですよ。 愛らしいデビュタントには皆が味方につきます。 特に貴女は今シーズン第一の星といわれている方ですからね、何をやっても可愛らしく魅力的です」
「ありがとうございます」
 礼を言って微笑んでみせたものの、真面目なクロエはやはり落ち込んだ。 今夜はいろいろうまく行かない。 期待が大きかっただけに、失望が胸を刺した。
「人が多くて、ちょっと疲れましたわ。 飲み物を頂けますか?」
「はい、すぐお持ちしましょう」
 そこでメヌエットがようやく終わった。 モローがいそいそと給仕を探しに行くのを何となく追っていたクロエの眼が、あでやかなドレス群の背後を縫って、白塗りの扉の陰に消える黒い姿を、一瞬捕らえた。













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