表紙

 -16- 翌日は頭痛




 その夜、クロエは珍しく、眠りが浅かった。
 いつまでも興奮がさめやらず、うとうとすると奇妙な夢に悩まされた。
 たぶん、緊張と疲れ、それに初めて飲んだ強い酒のせいで限界に達していたのだろう。 起きているときとあまり変わらない鮮やかな夢の中で、クロエは森を走っているかと思うと、なぜか荘厳な教会の中で兄と踊っていて、窓から派手な服をまとった者たちが覗いていた。 その顔は人ではなく、羊や牛や犬で、てんでに牙をむきだしてニヤニヤ笑っていた。


 汗びっしょりになって唸っているところを、小間使いのベルトに揺り起こされた。
「お嬢様、クロエ様!」
「えっ?」
 寝ぼけて飛び起きたところへ、勢いよくブランソー夫人が突入してきた。
「大丈夫? 大声の寝言が聞こえたけど、風邪かなにか引いた?」
「いいえ」
 クロエはぼんやりした声で答えながら、くらくらする頭を押さえた。
「ちょっと目まいと頭痛がするだけですわ。 たぶん昨夜に飲んだシャンパンのせいじゃないかと」
「ああ」
 ブランソー夫人は明るく笑い出した。
「そうよねえ。 もっと気をつけてあげればよかった。 あなたがあんなにもてるとは思わなかったのでね」
「私じゃありませんわ」
 クロエは冷静に答えた。
「たぶん侯爵の娘だからです。 それに世間知らずだし、ちやほやしたら効き目があると思ったんでしょう」
「あらあら」
 夫人の目がいたずらっぽくなった。
「いやに大人っぽく気を回してるのね。 でもそんなに肩肘張ることはないわよ。 あなたは本当に可愛いし素直で、話し方も魅力的。 朝晩三回ずつ、そう自分に言い聞かせなさいな」
 伯母のおどけた言い方に、クロエもついつられて笑顔になった。


 服を着替えながら、クロエは暖炉の上に置かれた銀の時計に目をやった。
 なんと午後の一時過ぎ! 寝坊が嫌いで朝の散歩が好きなクロエは、まだ痛む頭を抱えた。
 その黒髪をせっせとくしけずっていたベルトが、訳知り顔で慰めてくれた。
「社交界ではどんどん夜更かしになります。 お嬢様もそのうちお慣れになりますよ」
「慣れたくないわ」
 クロエはしょげて、深い溜息をついた。
「ダンスは楽しかったけど、殿方の話は半分もわからなかったの。 猟銃の新しい型とかカードゲームの賭け率がどうとか、全然知らない人の噂とかね」
「それは興味が持てませんわね」
 ベルトはそつなく同情の言葉をかけてくれた。


 遅い昼食を取って落ち着くと、クロエは晴れた庭に出て、整然とした庭園を巡り歩いた。
 足を動かしているうちに、二日酔いは徐々に消え、頭がはっきりしてきた。 そこで木陰のベンチに腰掛け、記憶をたどりはじめた。 特に、暗闇にふと現われて、知恵を授けてくれた若者のことを。










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