表紙

 -15- 一輪の薔薇




「デグリュー嬢! デグリュー嬢はどちらに?」
「見えないな。 さっきドアを抜けるのを見たと思ったんだが」
 若々しい青年貴族たちが、庭に続くガラス扉の付近で呼び交わす声が届いた。
 クロエは慌てた。 召使の男性と暗がりで二人きりのところを見つかっては、お互いにまずい。
 それでも心からの感謝を示したかった。 クロエは右手の薬指からサファイアの指輪を抜くと、手の届くところにそよいでいた蔓バラの白い花を一輪折り、茎にはめた。
 そして素早く手を延べて、白バラをリオネルのボタン穴に挿してから、ささやいた。
「親切なあなたにも、いいことがありますように。 今夜寝る前、あなたのために祈るわ」


 少女がすべるような足取りで舞踏室に戻っていき、探していた青年たちに大歓迎されるのを、リオネルはじっと見守った。
 クロエが彼らに囲まれて、無事に室内へ姿を消すと、リオネルも踵を返し、庭の奥へと歩を進めた。
 彼の行く先には、黒っぽい八角形の建物が、他と離れてぽつんとそびえ立っていた。 その建物に近づきながら、リオネルの指は胸を探り、薔薇を抜き出して、手のひらに落ちてきた指輪をそっと握りしめた。




 それから半時間ほど経った。
 クロエが椅子に座って、周囲を囲む青年たちの雑談に聞き入っていたとき、不意に後ろから肩をポンと叩かれた。
 振り返ると、ダチョウの羽根でできた大きな扇子を手にしたブランソー夫人が笑顔で立っていた。
「楽しそうね。 若様たちにお礼を言わなくちゃ。 世間知らずの姪の相手をしてくださって、素敵な方々」
「いえいえ、こちらこそ朝露のように美しく新鮮なお嬢様を連れてきていただいて、感謝のきわみです」
「すれていなくて、何という可愛らしい方でしょう。 いかがです? 来週の水曜日にうちのお茶会に来ていただけませんか? さっき訊いたら、母もぜひお招きしてくれと申しますので」
「おい、ずるいぞ抜け駆けは。 では僕の願いも聞いてください。 火曜日にフォンテーヌブローでちょっとした狩をする約束があります。 あなたのような可憐な方においでいただけると、獲物の鹿までうっとりして大勢集まるのではないかと」
 こぞって招待の嵐になった。 してやったりと、ブランソー夫人の眼が光った。
「恐れ入ります、ポルニック伯爵、サンパトリック子爵、それにシュヴァリエ・モロー殿も。 後ほど招待状を頂ければ、姪は喜んで伺うことでしょう。
 でも今夜は、そろそろ失礼しますわ。 なにぶんこの子には初めての舞踏会なので、緊張して疲れたと思います。 それではまたお目にかかるときを楽しみに」
 伯母の時を得た提案に、クロエはほっとした。 豪華な壁の大時計が、今しも夜中の十二時を指そうとしている。 普段は十時前に寝る健康児だから、もう眠くてしかたがなかった。










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